第二十三話
第二十三話
貴族学校の講義が終わり、アルベルトは荷をまとめていた。
長期休暇に入る。
久しぶりに、故郷へ戻ることになる。
窓の外を見る。
整えられた校庭、行き交う生徒たち。
ここでの生活にも慣れてはいたが――
(やっぱり、家の方が落ち着くな)
そんなことを思いながら、荷物を手に取る。
出発は、すぐだった。
護衛と共に学園を出て、数日。
アルケシア王国領内を進み、故郷へと向かう。
道中は、いつもと変わらないはずだった。
だが――
「……何か、様子がおかしいな」
隣街に差し掛かった時、アルベルトは足を止めた。
人の動きが慌ただしい。
兵が走り回り、門の出入りも騒がしい。
明らかに異常だった。
「何があった」
近くにいた兵に声をかける。
兵は一瞬驚いたが、すぐに状況を説明した。
「スタンピードが発生しました」
「場所は?」
「この先――ヴェルグレイヴ領方面です」
その言葉で、思考が止まる。
「……は?」
一瞬、理解が追いつかない。
だが、すぐに繋がる。
自分の家がある場所。
領地。
街。
「どの程度の規模だ」
「詳細は不明ですが……かなりの数が確認されています」
アルベルトは、息を呑む。
護衛の一人が口を開く。
「アルベルト様、一度ここで――」
「いや」
即答だった。
「行く」
迷いはなかった。
「ですが――」
「家がある」
それだけで十分だった。
護衛たちは、顔を見合わせる。
そして頷く。
「……承知しました」
隣街の兵たちも、動き始めていた。
増援として、領地へ向かう。
アルベルトたちは、その部隊に合流する。
急ぎ、進む。
道中、すでに異変は現れていた。
森の外れ。
倒された魔物の死骸。
焼け焦げた跡。
戦闘の痕跡。
そして――
「た、助けて……!」
前方から、数人の人影が現れる。
領民だった。
衣服は汚れ、傷を負っている者もいる。
「落ち着け」
兵が声をかける。
「どこから来た」
「ヴェルグレイヴ領の街です……!」
その言葉に、空気が張り詰める。
「街はどうなっている」
問い。
だが、返ってきたのは。
「……分かりません」
震える声。
「魔物が……急に、たくさん……」
それ以上は続かない。
兵たちはすぐに動く。
「彼らを保護しろ。後方へ送る」
隣街の兵が護衛に付き、領民たちは避難していく。
アルベルトは、それを見送る。
(……間に合うのか)
その考えが、頭をよぎる。
振り払う。
進むしかない。
さらに進む。
途中、同じように逃げてきた領民と何度も遭遇する。
全員、同じことを言う。
突然だった。
数が多かった。
止められなかった。
それだけ。
やがて――
空気が変わる。
焦げた匂い。
煙。
そして、静けさ。
「……見えてきました」
前方を指す兵の声。
アルベルトは、顔を上げる。
街が、あった場所。
だが――
そこにあったのは。
瓦礫だった。
崩れた建物。
焼けた跡。
動くものは、ほとんどない。
「……そんな……」
誰かが呟く。
アルベルトは、言葉を失う。
理解が、追いつかない。
(嘘だろ)
現実が、拒絶される。
だが、目の前にある。
これが。
現実。
「……進むぞ」
声を絞り出す。
足を動かす。
街の中へ。
踏み入れる。
一歩ごとに、景色が突き刺さる。
見知った場所。
見知ったはずの通り。
それがすべて、壊れている。
人影は、ほとんどない。
あっても――動かない。
アルベルトは、視線を逸らさない。
逸らせない。
そのまま進む。
向かう先は、一つ。
屋敷。
やがて、開けた場所に出る。
そこが、ヴェルグレイヴ家の敷地だった。
だが――
屋敷は、なかった。
崩れている。
完全に。
跡形もなく。
庭も、何もかもが壊れている。
足が止まる。
何も言えない。
音が消える。
その時。
護衛の一人が、小さく声を上げた。
「……あれは」
視線の先。
瓦礫の前。
そこに――
一人、座っている人影があった。
動かない。
ただ、そこにいる。
アルベルトの心臓が、大きく鳴る。
ゆっくりと、近づく。
一歩ずつ。
距離が縮まる。
やがて、その顔が見える。
「……ルシアン」
声が、震える。
返事はない。
ただ、座っている。
前を向いたまま。
何も映していない目で。
アルベルトは、その場に立ち尽くす。
言葉が出ない。
だが――
分かる。
唯一。
生き残っている。
それだけが。
救いだった。




