第十五話
第十五話
数日が過ぎていた。
森の調査以降、表立った変化はない。
だが、完全に元に戻ったわけでもなかった。
魔物の出現は、わずかに多いまま。
報告も散発的に上がっている。
そんな中――
ルシアンは屋敷を離れていた。
向かっているのは、例の森とは反対側の外縁地帯。
比較的安全とされる区域だ。
「今日はこのあたりで問題ないでしょう」
同行している騎士の一人が言う。
名はディルク。
もう一人はベイル。
どちらもヴェルグレイヴ家の騎士であり、若手ながら実戦経験はある。
「無理はなさらないように」
ベイルが続ける。
「分かっています」
ルシアンは短く答える。
その声音に無理はない。
実際、この区域であれば危険は少ない。
少なくとも――通常であれば。
⸻
しばらく進むと、最初の魔物が現れた。
ゴブリン。
二体。
「来ます」
ディルクが前に出る。
だが――
「大丈夫です」
ルシアンが一歩踏み出す。
木剣を構える。
距離を詰める。
一体目が振りかぶる。
遅い。
横に流す。
そのまま踏み込み、首元へ打ち込む。
鈍い音とともに、崩れる。
もう一体。
後ろから回り込む動き。
だが、視界の外でも動きは読める。
振り返りざまに一閃。
倒れる。
「……お見事です」
ベイルが小さく息を吐く。
ルシアンは何も言わず、剣を下ろした。
(問題ない)
この程度なら、脅威にはならない。
⸻
さらに進む。
数体。
また数体。
出現頻度はやはり少し多い。
だが、対処できない数ではない。
「……少し多いですね」
ディルクが呟く。
「ええ」
ベイルも頷く。
「ですが、この程度なら――」
言いかけて、止まる。
ルシアンも足を止めていた。
(……音)
風ではない。
動物でもない。
遠くから響く、低いざわめき。
「今のは……」
ディルクが周囲を見回す。
ベイルも耳を澄ませる。
再び。
かすかにだが、確かに聞こえる。
ざわめき。
揺れ。
「街の方角です」
ルシアンが言う。
迷いのない指摘。
ディルクとベイルが顔を見合わせる。
「……確認する必要がありますね」
「高所へ行きましょう」
⸻
三人は近くの小高い丘へ向かった。
視界が開ける。
街が見える位置。
そして――
「……なんだ、あれは」
ベイルの声が掠れる。
遠く。
街の外縁。
土煙が上がっている。
動いている。
数が――多い。
「魔物……」
ディルクが呟く。
群れ。
いや、それでは足りない。
押し寄せている。
途切れない流れ。
明らかに異常な規模。
そして、方向は一つ。
街。
「……スタンピード」
誰かが言った。
それが何かは、全員が理解していた。
自然発生ではありえない規模。
制御不能の群れ。
災害。
それそのもの。
ルシアンは黙ってそれを見ている。
(来た)
違和感は、ここに繋がる。
散っていた魔物。
押し出されるような動き。
すべてが一つになる。
(原因は別にある)
だが――
(今はそれではない)
優先すべきは明確だった。
「戻ります」
ルシアンが言う。
即断だった。
ディルクが頷く。
「はい、すぐに」
ベイルも剣を握り直す。
「急ぎましょう」
⸻
三人は丘を下りる。
迷いはない。
向かう先は一つ。
街。
すでに戦いは始まっている。
間に合うかどうかは分からない。
だが――
止まる理由はなかった。
地面を蹴る。
風を切る。
速度を上げる。
遠くから、音が届く。
叫び声。
衝突音。
崩れる何か。
すべてが混ざり合っている。
ルシアンは前を見据える。
(間に合う)
根拠はない。
だが、足は止まらない。
そのまま三人は、街へと駆け戻っていった。




