第十三話
第十三話
森の中には、まだわずかに血の匂いが残っていた。
倒れたフォレストウルフを見下ろし、ルシアンは剣を軽く振って血を払う。
「……これで一通りですね」
近くで周囲を警戒していたローデリックが頷く。
「そのはずですが――」
言葉を濁す。
その理由は、ルシアンにも分かっていた。
(多い)
ここまでの道中で、すでに複数の魔物と遭遇している。ゴブリンの群れ、ウルフ、そしてフォレストウルフ。
本来なら、この密度はありえない。
(明らかに増えている)
断定まではしない。
だが、偶然で片付けるには回数が多すぎる。
「少し、数が多い気がします」
ルシアンが言うと、ローデリックは短く息を吐いた。
「……ええ」
否定しない。
むしろ、同意だった。
「普段なら、ここまで連続しません」
視線を森の奥へ向ける。
「ですが、今は……落ち着きがない」
その表現は的確だった。
気配が散っている。
縄張りのようなまとまりもなく、ただ存在しているだけ。
(統率がない)
それが逆に不気味だった。
風が吹く。
木々が揺れる。
その隙間に、何かが潜んでいるような感覚。
「……本日はここまでにしましょう」
ローデリックが判断する。
「これ以上は様子見です」
「はい」
ルシアンは素直に頷いた。
無理をする理由はない。
得られる情報はすでに十分だった。
帰路につく。
森を抜けるまでの間にも、数体の魔物と遭遇した。
だが、いずれも単体、あるいは小規模。
(やはり、ばらけている)
確信に変わる。
そして――
(まだ軽い)
強さ自体は高くない。
だが、数の増加は別の意味を持つ。
違和感だけが、静かに積み重なっていく。
やがて屋敷へと戻る。
⸻
「戻りました」
報告のため、執務室を訪れる。
エドガーは書類から視線を上げた。
「どうだった」
「問題なく討伐できました」
ルシアンが答える。
「ゴブリン三体、フォレストウルフ一体。その後も数体と遭遇しましたが、いずれも対処可能な範囲です」
エドガーは頷く。
「初の実戦としては十分だ」
「ありがとうございます」
短い応答。
そして。
「ただ――」
ルシアンは続ける。
「森の様子が、普段と違っていました」
エドガーの目がわずかに細くなる。
「どう違う」
「魔物の数が多いです」
簡潔に言う。
「加えて、配置にまとまりがありません」
「縄張りが崩れているように感じました」
そこでローデリックが口を開いた。
「……私も同意見です」
静かな声。
「通常であれば、ある程度の分布が維持されます」
「ですが今回は、それが崩れている」
わずかに間を置く。
「散っている、という表現が近いかと」
その一言で、空気が変わる。
エドガーは指を組む。
「……原因は」
「現時点では不明です」
ローデリックは即答する。
「ただし、自然な変動とは考えにくい」
断定はしない。
だが、否定もしない。
「本日は安全を優先し、撤退しました」
「判断は妥当だ」
エドガーは頷いた。
そして、しばらく沈黙する。
「……警戒を上げる」
低く言う。
「騎士団には、森の監視を強化させろ」
「はっ」
ローデリックが応じる。
それで話は終わった。
「ご苦労だった。下がっていい」
「失礼します」
ルシアンとローデリックは一礼し、部屋を後にする。
⸻
扉が閉まる。
静寂。
エドガーはしばらく動かなかった。
「……散っている、か」
低く呟く。
経験が告げていた。
これは偶然ではない。
魔物の増加。
分布の崩壊。
それが意味するものは――
「……まだ早い」
だが、否定はできない。
窓の外を見る。
空は穏やかだった。
何も変わらないように見える。
だが。
「……来るか」
静かに、そう呟いた。




