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果てなき世界  作者: 影川明空人
第1章
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第十二話

第十二話


 朝の空気は冷たく、どこか引き締まっていた。


 ルシアンは自室で、静かに装備を整えている。


 机の上には、小さめの革鎧と腕当て。どれも少し使い込まれているが、手入れは行き届いている。


 アルベルトのお下がりだった。


(兄さまも、これを使っていたのか)


 手に取る。


 重さを確かめる。


 今の自分にも、問題なく扱える。


 むしろ――


(ちょうどいい)


 動きを妨げない。


 最低限の防御。


 実戦用としては十分だった。


 ゆっくりと身につけていく。


 胸当てを固定し、腕当てを締める。


 最後に剣を腰へ。


 すべてが収まる。


 鏡を見る。


 そこには、まだ幼い少年の姿があった。


 だが――


(問題ない)


 視線は、揺れていない。


 アルベルトの顔が浮かぶ。


 今年から貴族学校に入り、屋敷を離れている。


 以前のように顔を合わせることは少なくなった。


(いない)


 その事実は、ほんのわずかに静けさを増していた。


 だが同時に。


(やるべきことは変わらない)


 ルシアンは部屋を出た。


 屋敷の外。


 ローデリックと数名の騎士が待っていた。


「準備はよろしいですか、ルシアン様」


「はい」


 短く答える。


 ローデリックは一度頷く。


「本日は実戦です」


「森に入り、魔物と遭遇した場合は対処していただきます」


 淡々とした説明。


 だが、その目はしっかりとルシアンを見ていた。


「無理はしないこと。危険と判断した場合はこちらで介入します」


「分かりました」


 ルシアンは頷く。


 そして、一行は森へと向かった。


 木々が生い茂る中、空気が少しずつ変わっていく。


 人の気配が薄れ、代わりに別の気配が混じる。


(いる)


 足を止めず、意識だけを巡らせる。


 気配は複数。


 弱い。


 だが、明確に敵意を持っている。


「……来ます」


 ローデリックが小さく告げる。


 その直後だった。


 茂みの奥から、三つの影が飛び出す。


 緑色の皮膚。歪な体躯。


 ゴブリン。


 三体。


 ルシアンは即座に距離を取る。


 構える。


 一体が突進してくる。


 踏み込みに合わせて剣を振る。


 一閃。


 首元に刃が入る。


 倒れる。


 すぐに二体目。


 横からの振り下ろし。


 剣で受ける。


 衝撃は軽い。


(弱い)


 そのまま押し返し、踏み込む。


 切り上げる。


 倒れる。


 残り一体。


 距離を取り、様子を見ている。


(連携はない)


 個体差。


 統率もない。


 踏み込む。


 相手が振りかぶるより早く、懐へ。


 突き。


 胸を貫く。


 崩れ落ちる。


 静寂。


 三体とも、動かない。


 ルシアンは剣を軽く払う。


 血を落とす。


(問題ない)


 その時、後方からローデリックの声。


「今のはFランク相当の個体です」


 ルシアンは振り向かないまま聞く。


「単体では脅威は低い」


「ですが――」


 わずかに間を置く。


「群れれば話は別です」


 ルシアンは頷く。


(数で押す)


 単純だが、有効。


 囲まれれば対応は難しくなる。


(+1ランク相当)


 そう判断する。


 その時だった。


 空気が変わる。


 先ほどとは明確に違う気配。


 重い。


 鋭い。


「……来ます」


 ローデリックの声が、わずかに低くなる。


 次の瞬間。


 木々の間から、一つの影が現れた。


 四足。


 灰色の体毛。


 鋭い牙。


 フォレストウルフ。


(Dランク)


 先ほどとは格が違う。


 視線が合う。


 低く唸る。


 そして――


 一瞬で距離を詰めてきた。


(速い)


 踏み込む速さが違う。


 だが。


(見える)


 体を捻る。


 牙が掠める。


 すぐに反撃。


 剣を振る。


 だが、躱される。


(回避する)


 単純な突進ではない。


 判断している。


 再び距離を取られる。


 睨み合い。


(なら)


 魔力を流す。


 剣へ。


 風を乗せる。


 踏み込む。


 同時に振る。


 風が刃に乗る。


 速度が増す。


 間合いが伸びる。


 フォレストウルフの動きが一瞬遅れる。


 その隙。


 斬る。


 浅い。


 だが、届いた。


 すぐに距離を詰める。


 連撃。


 防がせない。


 躱させない。


 流れを作る。


 そして――


 首元へ。


 一閃。


 動きが止まる。


 そのまま、崩れ落ちた。


 静寂が戻る。


 風が木々を揺らす。


 ルシアンは剣を下ろす。


 呼吸は乱れていない。


 わずかに整える程度。


(……こんなものか)


 視線を落とす。


 倒れた魔物。


 Fランクのゴブリン。


 Dランクのフォレストウルフ。


 どちらも脅威ではあったが――


(余裕がある)


 剣の軌道。


 踏み込み。


 魔力の流し方。


 まだ余白があった。


(もっと出せる)


 出力も、速度も、精度も。


 だが、それをする必要はない。


 周囲を見渡す。


 気配はない。


(……仮に)


 一瞬だけ思考する。


 もう一段、上。


 Cランク。


 それでも――


(対応は可能)


 さらに。


(Aランクでも)


 勝てるとは限らない。


 だが。


(通用はする)


 その感覚があった。


 剣を収める。


 表情は変わらない。


 ただ、内側だけが静かに更新される。


 ローデリックが近づいてくる。


「……見事です」


 短い言葉。


 だが、確かな評価だった。


 ルシアンは軽く頭を下げる。


「ありがとうございます」


 森の奥では、まだ何かが蠢いている。


 だが――


 ルシアンの歩みは、止まらなかった。

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