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果てなき世界  作者: 影川明空人
第1章
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第十一話

第十一話


 季節は巡り、二年の時が流れた。


 ルシアンは七歳になっていた。


 中庭に、木剣の音が響く。


「もう一度」


 ローデリックの声。


 ルシアンは踏み込み、木剣を振る。軌道は安定し、無駄も減っている。


 だが――受け止められる。


 流される。


 体勢を崩される。


「いい動きです」


 短い評価。


「ですが、まだ甘い」


 ルシアンは呼吸を整える。


(……分かっている)


 視線、重心、踏み込み。


 すべて見えている。


 どうすれば崩せるかも、理解できる。


 だが、それはやらない。


(今は、覚える段階)


 力で押せば通る。


 だが、それでは意味がない。


 技術を得るために、あえて届かない位置に留める。


「もう一度」


「はい」


 再び構える。


 打ち込む。


 受けられる。


 流される。


 繰り返す。


 その中で、わずかに修正を重ねていく。


 ローデリックの受けが、ほんの一瞬だけ遅れる。


 だが、それ以上は踏み込まない。


(十分)


 今日はここまででいい。


「……よろしい」


 ローデリックが木剣を下ろす。


「確実に良くなっています」


「ありがとうございます」


 礼をする。


 ローデリックはわずかに視線を向ける。


「焦る必要はありません」


 それだけ言い残し、去っていく。


 ルシアンは木剣を見下ろす。


(まだ使える)


 だが、今は使わない。


 必要な時に使えばいい。


 それだけのことだった。


 屋敷へ戻る途中、足を止める。


 森の方へ視線を向ける。


(……増えている)


 以前よりも、気配が濃い。


 数だけではない。


 “質”も、わずかに変わっている。


 はっきりとした異常ではない。


 だが、確実に違う。


 その違和感を、言葉にすることはなかった。


「ルシアン」


 声に振り返る。


 エドガーが立っていた。


「明日の件は聞いているな」


「はい」


「初めての実戦だ」


 短く告げる。


「訓練とは違う。判断を誤れば命を落とす」


「理解しています」


 迷いなく答える。


 エドガーは一瞬だけルシアンを見て、静かに頷いた。


「無理はするな」


「はい」


 それだけ言って去っていく。


 ルシアンは再び森を見る。


(確認できる)


 距離はまだある。


 だが確実に近づいている。


 静かにその事実だけを受け入れた。


 部屋に戻ると、机の上に手紙が置かれていた。


 封蝋には見慣れた紋章。


 ルシアンはそれを開く。


『ルシアン様へ

 お久しぶりです。覚えていますか。

 私はちゃんと覚えています。

 また会ったら、今度はもっと話を聞かせてください。

 クラリス・リュクレール』


 短い文。


 だが、以前よりも距離が近い。


(変わらない)


 そう思うと同時に、昨年のことがよぎる。


 リュクレール公爵家の庭園。


 整えられた空間の中で、彼女は迷いなく距離を詰めてきた。


「あなた、やっぱり変ですよね」


 開口一番、それだった。


「そうでしょうか」


「そうです。みんなと違います」


 遠慮がない。


 だが、不快ではない。


「何が違うのでしょう」


「……うーん」


 少し考えてから。


「見てる場所が違う、というか」


 曖昧だが、本質を突いていた。


 その後も、途切れることなく話は続いた。


 貴族の話、魔法の話、他愛のない話。


 そして最後に。


「また話しましょう」


 そう言って、自然に去っていった。


 ルシアンは手紙を机に置く。


 ペンを取り、紙を引き寄せる。


『クラリス様へ

 覚えています。

 こちらも機会があれば、またお話しましょう。

 ルシアン・ヴェルグレイヴ』


 書き終え、封をする。


 余計なことは書かない。


 それでいい。


 そのまま部屋を出る。


 人目のない場所へ向かう。


 屋敷の外れ。


 静かな一角。


 周囲を確認する。


 足元の影が揺れる。


「――ノクシェル」


 影から、もう一人の自分が立ち上がる。


 同じ姿。


 同じ存在。


 魔力と身体能力は分散される。


 だが、問題はない。


 木剣を構える。


 本体と分離体。


 二つの視界が重なる。


(始める)


 同時に動く。


 打ち込む。


 受ける。


 入れ替わる。


 繰り返す。


 精度を上げる。


 無駄を削る。


 制御を高める。


 やがて動きを止める。


 分離体が消える。


(……十分)


 静かに息を吐く。


 空を見上げる。


 夕焼けが広がっていた。


(明日)


 初めての実戦。


 だが、それは特別なことではない。


(ただの延長だ)


 そう捉えていた。


 遠くの森で、風が揺れる。


 その音が、わずかに重く響いた。

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