山神物語-奇妙な死-
時は明治初期。
山あいに存在したとされる「山風村」
だが、現在は存在しない。
かつて山風村は「山神様」と村に住む「山神家」に守られていたそうだ。
では、何故今は存在しないのか。
今回は、その真相を書いた物語である。
時は明治初期。
とある山あいに山風村という小さな村があった。
この村には、古くからある奇妙な言い伝えがある。
それは「村のすぐ側にある大きな山には『山神様』が棲んでおられ、この村を守って下さっている」というもの。
しかし、その正体を探るべく山に登ることは決して許されなかった。
「山神様の領域に、無闇に踏み込むのは失礼である」
それが、この村の掟であったからだ。
何故、このような言い伝えがあるのかと言うと、他の村では時には災害で家や村人が流され、時には野生の熊に田畑を荒らされ、更には村人が襲われると言う災いが起こっていた。
しかし、この山風村だけは一切このような災いが起きることはなかった。
故に、周囲の村に住む者達からは「山風村は神に守られている」と言われており、この村に住む者達も、それを一切の疑いもなく信じていた。
この村には、更にもう一つの言い伝えがあった。
それは、山風村の端に住む山神家の存在だ。
「この家系は、山神様の血を引いている」と村人から信じられてきた。
山神家には現在、物静かな父と、母、そして、十四の一人息子、春之助の三人で暮らしていた。
村人は山神家を敬い、褒美として月に一度、白米を届けていた。
「山神家に米を届けることで、山神様はこの山風村を更に災いから守って下さる」
そう信じられており、故にこれも村の掟だった。
山神の父と母は村人の前では多くは語らなかった。
だが、春之助の目に映る父と母は、ごく普通の優しい両親だった。
父と母は、春之助に薪割り、山道の歩き方、野草の見分け方等を教える日々を送っていた。
春之助はそんな両親を深く慕い、この静かな暮らしがいつまでも続くと思っていた。
しかし、別れの日は突然訪れた。
それは、ある晩のこと。
その日は、珍しく風が少し荒れていた。
春之助は、何故か胸騒ぎがして眠れず、布団の中で目を見開いていた。
「何かがおかしい。何かが起きそうだ」
その時だった。
突然「ドン!」と大きな音が響いた。
まるで、家が殴られたかのような衝撃だ。
春之助が慌てて起きると、もう一度「ドン!」と強い音が響いた。
その音は、父と母の寝室から響いているのが分かった。
そして、まるで何かを警告しているようだった。
「父さん……母さん……」
春之助は、恐る恐る寝室へと向かった。
戸を開けた瞬間、両親は静かに眠っていた。
しかし、何処か違和感を覚えた春之助は両親の身体を揺さぶった。
その瞬間、春之助は全身が固まった。
何故なら、両親の身体から温度が全く感じなかったからだ。
外傷はなかったが、既に冷たくなっている。
両親は安らかな顔をしていた。
只、呼吸は完全に止まっていた。
「……父さん……母さん……なんで……」
春之助は、震えた声で涙を流した。
一時動くことが出来なかった。
しかし、このことを村人に言わなければならない。
春之助は自分の頭を叩き、隣に住む村人の家に向かった。
やがて、数人の村人と医者が駆けつけ、両親の遺体を見るなり騒然としていた。
原因は分からない。
医者からは「急死」と判断された。
そして両親の突然死により、村に変化起き始めた。
両親が亡くなってから数日後、山から野生の熊が下りてくるようになった。
熊は畑を荒らし、時には村人を襲い怪我をする者や亡くなる者までいた。
それだけではない。
両親が亡くなってからは、災害も山風村を襲った。
何日も大雨が降り、何軒もの家が流された。
更には大雨の影響で、土砂崩れが起き、田畑が泥に埋もれる始末。
村人たちは怯え、恐れ、家から出れなくなる者が多くなった。
そして、ある疑念が徐々に村の中に広がっていった。
「山神家に何かあったからではないのか?」
「山神家の何かしらの行動で、山神様のお怒りを買うたのではないか?」
「確かに。あの死は明らかに妙だ。まだ、あの夫妻は若かった。……それで急死とは考えにくい」
「そうか。……恐らく、山神様の祟りであの夫妻は命を落としたのだ。もしや、あの夫妻が何か良からぬことでもしたか……」
「……それに、あそこの子供も怪しい。奴も何か、山神様の怒りに触れる行いをしたのではないか?」
疑念はやがて憎悪に変わっていった。
「たまったものではない。……我々はちゃんと掟を守り月に一度、山神家に米を送っていたにも関わらず……。」
「そうよ……私達も掟を守っていた。それなのに、主人は野生の熊に殺された。息子は先日の大雨で流されて死んだ。……許せない」
「我々の、今までの行動は全て無意味だったのだ。」
「せめて、生き残った山神の子から米を返して貰わなければ……」
ある朝、春之助の家の前に多くの村人が集まり、怒号が飛び交った。
「おい春之助! 出て来い!」
見たことのない、村人達の怒りの表情に春之助は息を呑んだ。
「皆さん……どうされました?」
「お前の家が、山神様の怒りを買ったんだ!」
「だから、両親は死んだ! お前も山神様のお怒り買うているのも分かっている。」
春之助は呆然とした。
もはや村人達は、以前のように山神家を敬う姿は完全に消えていた。
「そんな……私は何も……」
「もう、山神家に米は送らない。……後、我々が今まで納めていた米を全て返せ!」
「全て? ……そんな……全て返す米など持っておりません。」
村人達の怒号は一向に鳴り止まない。
「ふざけるな! お前のせいで、私の主人と息子は死んだのよ! せめて今持っている米くらい返せ!」
そう怒鳴り、村人達は強引に山神家の中へ入ろうとした。
「乱暴はやめて下さい!」
春之助はそう叫び、阻止しようとした。
しかし、一人の村人が持っていた棒で春之助を殴った。
春之助は、頭から血を流して倒れてしまった。
「誤解だ……。あんまりだ……。以前は、あれだけ慕って下さってたのに……」
村人達は山神家にあった米だけではなく、それ以外の食糧をも奪ってしまった。
村人達が立ち去ろうとした時、「待って下さい!」と春之助の声が響いた。




