出撃!初めての国外闘争!の話
ガナードとの朝食を終えたあとも、その話は頭の片隅に残り続けていた。
第二王子が他国の貴族の娘に手を出した――。
『……まぁ、そうなるよな』
廊下を歩きながら、ルイは小さく息を吐いた。
驚きはした。けれど、それ以上に強かったのは“知っている流れだ”という感覚だった。ゲームの中で何度も見てきた展開。その引き金が、今まさに引かれた。
止められなかったかぁ……
胸の奥に、わずかな引っかかりが残る。
あの時、自分は確かにそれとなく忠告したつもりだった。けれど、あの会話はどこか噛み合っていなかった気がする。伝わっていたのかどうかも分からない。
……まぁ、今さらだな
軽く首を振り。頬を叩く。
重要なのはそこではない。
問題は、その先に起こる出来事だ。
『確か……』
思考を巡らせる。細かい記憶が、ゆっくりと形を持ち始める。
第二王子の問題をきっかけに、他国との関係が一気に悪化する。そして――
軍が来る
はっきりとした形で、結末の一部が浮かび上がる。
大規模な侵攻。圧倒的な数。準備の整わないまま迎え撃つ王国側。本来であれば、それだけで敗北は確定的だった。
成功√ならこの世界のリリー嬢が動く
ルイは無意識に足を止めかけて、すぐに歩みを戻した。
誰にも知られないまま、単独で。
闇市で情報を買い、侵攻ルートを割り出し、先回りして敵戦力を削る。だからこそ、王国軍は辛うじて勝利を掴めた。
あの“裏の働き”があってこその結果だ。
……今回も
そこまで考えて、ふと気づく。
いや、今回“も”っていうか
『……いるよな、普通に』
ぽつりと呟く。
リリー嬢がいない、なんてことはあり得ない。この世界は“原作の世界”だ。多少のズレはあっても、大筋は同じ流れを辿るはず。
じゃあ、今回も動くはずだ
自分が何かしなくても、この世界のリリー嬢が裏で処理する。
そう考えると、妙に納得がいった。
『なら、俺は普通に……』
騎士団の一員として、命令に従うだけでいい。
それが一番自然で、無理のない選択だった。
その日はそれ以上深く考えることもなく、いつも通りの生活に戻った。
数日が過ぎる。
噂はやがて確信に変わり、騎士団の空気も目に見えて変わっていった。訓練の回数が増え、装備の点検が頻繁に行われ、指示の内容も細かくなる。
誰も口には出さないが、全員が同じことを理解していた。
_______________来る。
そして、その日は訪れた。
朝から騎士団は慌ただしかった。伝令が走り、武器庫が開かれ、整列の指示が飛ぶ。普段の訓練とは明らかに違う緊張感が漂っている。
『……来たか』
ルイは静かに呟いた。
原作通り
細かい日付までは覚えていない。だが、この流れ、この空気、この切迫感。間違いなく、あの侵攻が始まるタイミングだった。
『侵攻……』
言葉にすると、少しだけ現実味が増す。
けれど同時に、不思議なほどの落ち着きもある。
どう動くかは決まってる
騎士団にいる以上、やることは一つだ。
命令に従い、戦う。
それだけでいい。プレイしていた時とは違うのだから。
リリー嬢が裏で動いているなら、なおさら問題はない。
『……大丈夫だろ』
小さく呟く。
自分が知らないところで、すでに状況は整えられているはずだ。
装備を整え、出撃の準備を進める。周囲の騎士たちも同様で、無駄な会話はほとんどない。張り詰めた空気。
その中で――
「ルイは待機だ」
不意にレべスにかけられた声に、ルイは顔を上げた。
『……え?』
「今回の作戦、お前は後方待機。前線には出さない」
『いや……』
反射的に言葉が出る。
だが、その先は続かなかった。
「子どもを前に出せる状況じゃない。分かるな」
静かだが、有無を言わせない声音だった。いつも通り頭をなでられた。
周囲の視線も、それに同意するものばかりだ。
…ああ、ルイは一瞬だけ言葉を失った。
自分ではあまり意識していなかったが、周囲から見れば当然の判断だ。いくら訓練で動けていても、実戦、それも大規模な戦闘に出すには年齢が若すぎる。思ったより俺をみんな大事に思っていてくれたようだ。
『……了解。』
短く返す。それ以上は言えなかった。言ったところで、覆ることはないと分かっていたからだ。
一歩、後ろに下がる。
前線へ向かう騎士たちの背中が、視界の中で遠ざかっていく。
…まぁ、そうなるよな
納得はしている。
むしろ当然だとも思う。
リリー嬢が動くなら
自分が無理に出る必要はない。むしろ邪魔になる可能性すらある。
……そうだよな
そう考えて、落ち着こうとした――その時だった。
ふと、違和感が浮かぶ。
…あれ、それはほんの小さな引っかかり。
もう動いてるはずだよな。侵攻のタイミングは分かっている。
なら、それに合わせてリリー嬢もすでに動いているはずだ。
闇市で情報を買い、敵のルートを把握し、先回りして――
……あれ?そこで、思考が止まる。
その“気配”は、あったか?
ここ数日を思い返す。
騎士団内にそれらしい動きはなかった。裏で誰かが大規模に動いた痕跡もない。情報が流れた様子もない。
いや、でも見えないだけで…
そう思おうとして、言葉が続かない。
本当に?
視線が自然と前へ向く。出撃していく騎士団、整然とした隊列。強い人たちだというのは分かる。
けれど――原作だとすでに敵は削られていた。数も、配置も、万全ではなかった。
今回は______________
しかも、地形、不利な条件が、はっきりと思い出される。
視界の悪さ。進軍の制限。包囲されやすい構造。
あれで、正面から……?
じわりと、背筋に冷たいものが走る。
……待て
心臓の鼓動が、少しだけ速くなる。
これ、普通にまずくないか?
誰も疑っていない。何より、俺が疑っていない
この後戦えば勝てると、信じている。
…本当に?
その問いだけが、頭の中に残る。
そしてルイは、ようやく気づき始めていた。
“原作通りに進んでいるはず”という前提が、
少しずつ崩れ始めていることに。
……なんで
小さく、息を呑む。
その違和感は、まだ確信ではない。
けれど確実に、“何かがおかしい”と告げていた。
『……これ』
誰にも聞こえない声で、ルイは呟く。
『思ってたより、やばいかもしれないな』




