召喚!ガナード隊長!の話
西の森での一件から、気づけば三ヶ月が経っていた。ルイはほぼ毎日のようにダンジョンへ潜り、時には騎士団の訓練にも顔を出すようになっていた。最初こそ見よう見まねだった動きも、いつの間にかそれなりに形になり、周囲から見れば“かなり動ける新人”として認識され始めている。
――もっとも、本人にその自覚はほとんどない。
『……いや、今の絶対おかしかっただろ』
訓練場の端で、ルイは小さく呟いた。ついさっきまで行っていた模擬戦。相手は明らかに自分より格上の騎士だったはずなのに、気づけばなぜか勝っていた。
『……なんで勝てるんだよ』
自分の手を見つめる。特別なことをした覚えはない。ただ、危ないと思った瞬間に体が勝手に動いていただけだ。
結局その違和感も、いつものように深く考える前に流してしまう。
そんな日々を繰り返すうちに、時間はあっという間に過ぎていった。
_______________原作開始まで、残り七ヶ月。刻々と時間も過ぎている。
その日の朝、ルイは珍しくゆっくりと食堂へ向かっていた。訓練もダンジョンもない、久しぶりの休みにした日だ。せっかくだからまともな朝食でも食べようと、少しだけ余裕のある足取りで扉を開ける。
朝の光が差し込む食堂には、すでに数人の騎士たちの姿があった。その中で、ひときわ目を引く存在に、ルイの視線が止まる。
獣人部隊の隊長、ガナード・メルフィ。
大柄な体に鋭い眼光、狼の特徴を色濃く残した人獣の姿は、初めて見た時こそ圧倒されたものの、今ではすっかり見慣れてしまっている。何度か顔を合わせるうちに、自然と会話するようになっていた。
『おはよう、ガナードさん!』
軽く会釈をしながら声をかけると、ガナードは視線をこちらに向け、わずかに口元を緩めた。
「おう、ルイか。珍しいな」
『今日は休みにしたんだ』
自分には少し高い椅子によじ登ったルイは、テーブルの上に並べられたものを見て、思わず足を止めた。
『……それ、朝食?』
「何だ、その顔は」
ガナードの前に置かれていたのは、何枚も重ねられたパンケーキだった。
ふっくらと焼き上げられた生地は、表面がほんのりときつね色に色づき、上に乗せられたバターがゆっくりと溶けて艶を出している。そこへたっぷりとかけられた琥珀色のシロップが、滑るように流れ落ち、甘い香りを周囲に広げていた。
さらに、その上にはふんわりと盛られた生クリーム。雪のようなそれに、鮮やかな赤い色をした苺と深い紫色のブルーベリーが添えられ、見た目もかなり華やかな仕上がりになっている。
朝食というよりは、もはや菓子の域だった。
『……甘そう』
「甘いぞ」
即答だった。
そう言って、ガナードはフォークで一切れを切り分け、そのまま口に運ぶ。鋭い牙が一瞬覗いたかと思えば、次の瞬間には満足そうに目を細めていた。
見た目との落差がすごい。
『意外かも』
「よく言われるな」
『どちらかというと肉のイメージかもね』
「肉も食う」
『獣人部隊隊長は食事も二刀流ね……』
小さく苦笑しながら、類も食事を始めた。
しばらくの間、穏やかな時間が流れる。食器の触れ合う音と、朝の柔らかな空気だけがそこにあった。
ふと、料理をほおばりながらルイは口を開く。
『……最近、少し騒がしくない?』
「騒がしい?」
『人の出入りが増えたというか、少し雰囲気が変わったような気がするだけなんだけど…』
自分でもはっきりとは説明できない違和感だったが、ここ数日ずっと引っかかっていたことだった。
ガナードは一度手を止め、周囲を軽く見回す。それからほんのわずかに身を乗り出した。
「……よく見てるな」
『何かあるの?』
「ここだけの話だがな」
声が一段低くなる。
ルイも自然と姿勢を寄せた。
「第二王子が、他国の貴族の娘に手を出したらしい」
『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――!?』
思わず声が漏れた。反射的にガナードが口を押さえるが、驚きは隠しきれない。
『……それ、本当???』
「まだ確定ではないが、噂は広がってる」
ガナードは淡々とそう言いながら、再びパンケーキにフォークを入れる。
一方でルイの頭の中は、一気に騒がしくなっていた。
いや、そんなはずは……
思い浮かぶのは、あの冷静で距離を取るような態度の王子の姿。
……いや、でも
同時に、過去のやり取りが脳裏をかすめる。
あの時、確かにそれっぽい話を……
_______________忠告のつもりだった。
けれど、それがちゃんと伝わっていたのかどうかは分からない。
いや、そもそもあれ……通じてたのか?
ふと、妙な違和感が浮かぶ。
……あれ?
何かが、少しだけずれている気がする。言葉の受け取り方が、どこか噛み合っていなかったような。
そこまで考えて、思考が止まる。
……いや、考えすぎか
結局、はっきりとは思い出せない。
『……ちょっとだけ?意外かも』
何とか取り繕って口に出したのは、それだけだった。
「そうか?」
『あまりそういうことをする人には見えなかったからね』
見えまくってたけどね!!!!!!
「見た目と中身は違うこともある」
ガナードはあっさりとそう言い、甘い香りのする一切れを口に運ぶ。
その様子はあまりにも普段通りで、先ほどの話題との温度差に、ルイは思わず苦笑した。
『……よくその話の後にそれ食べるね』
すこし笑ってしまう。
「甘いものは別だ」
『切り替えが早すぎる』
そんなやり取りをしながら、朝の時間は穏やかに流れていく。
騒がしいはずの話題も、この場ではどこか遠いもののように感じられた。




