ルイの恩返し!の話
西の森から戻った後も、ルイの頭の中はあの三つ首の化け物のことでいっぱいだった。
いや、正確には”なんで勝てたのか分からない”という違和感の方が大きい。あれだけの巨体、あれだけの圧。思い出すだけで背筋がぞわっとするのに自分は生きて帰ってきているし、しかも倒している。どう考えても釣り合っていない。
『……いや、考えても分かんねぇな』
ぽりぽりと頭をかきながら、ルイは小さくため息をついた。考えるより先に体が動いていたあの感覚は、思い出そうとしても上手く掴めない。
__ただひとつ言えるのは、あの蛇の体内から取り出した“あれ”がそこそこ価値のあるものだろう、ということだった。
ポケットの中で、硬い感触が指に触れる。一つ取り出してみると、それは淡く緑色に光る宝石のようなものだった。表面は滑らかで、ほんのりと温かい。ゲーム知識の中に似たようなアイテムがあった気がする。確か、魔素が結晶化したもので、素材として売れるやつだ。
『まぁ、売れば金にはなるか……いや』
ルイはそこで少しだけ考えて、首を振った。
『いつも世話になってるし、たまには誰かに渡すか』
頭に浮かんだのは、レベス団長の顔だった。何かと面倒を見てくれるし、住む場所も世話してもらっている。だったらこういう時くらい礼として渡してもいいだろう。自分が持っていても正直金に換える以外よく分からないし、向こうの方が有効に使えるはずだ。
そう決めると、ルイはそのまま騎士団長の部屋へと足を向けた。長い廊下を抜け訓練場の脇を通り、見慣れた扉の前で一度立ち止まる。
『……なんかちょっと緊張するな』
別に怒られるわけでもないのに、なぜかそんな気分になる。軽くノックをして、中からの返事を待った。
「入れ」
低く落ち着いた声が返ってくる。ルイは扉を開けて中に入った。
部屋の中では、レベスが書類に目を通していた。視線だけこちらに向けると、少しだけ表情が緩む。
「どうした、ルイ」
『あー、えっと…これ』
ルイは少しだけぎこちなく笑いながら、手の中の宝石を差し出した。
『森で拾ったっていうか、まぁ倒したやつから出てきたやつなんだけど……いつも世話になってるし、よかったらさ』
一瞬だけ、レベスの手が止まる。そして差し出されたそれを受け取り、じっと見つめた。
「……ほう」
低く小さな声が漏れる。光にかざすようにして観察し、重さや質感を確かめるように指先で転がした。
「魔素結晶か。色合いからして……低から中級程度のものだな」
『え、そうなんだ』
ルイはあっさりとした反応に、少しだけ拍子抜けしたような顔をする。
『いや、俺あんま詳しくなくてさ。なんかそれっぽいから持ってきただけで』
「十分だ。こういうものはいくらあっても困らん」
そう言って、レベスはふっと笑い、空いている手でルイの頭を軽く撫でた。
「受け取っておく。ありがとう」
『お、おう……』
子ども扱いされたような気がして、ルイは少しだけ気まずそうに視線を逸らした。けれど次の瞬間、ふと何かに引っかかる。
『…あれ?』
「どうした」
『いや、なんか…俺、これと同じくらいのやつ、もう一個持ってた気がして』
ルイは手を動かしながら、大きさを示すように空中に円を描く。
『こんくらいで、色も同じ感じの緑で…あれ?落としたのか?』
「もう一つあったのか?」
レベスの視線がわずかに鋭くなる。
『たぶん?いや、でもさっきまであった気がするんだよな……』
ルイは自分のポケットや腰回りを漁り確認しながら首を傾げる。記憶が曖昧だ。確かに拾ったはずなのに、今は見当たらない。
「見間違いではないのか?」
レベスが静かに言う。
「その大きさでその色の魔素結晶となると、上級個体から生成される可能性が高い。そう簡単に手に入るものではないはずだが」
『え、マジで?』
ルイの目が少しだけ丸くなる。
『いやでも、こんくらいのサイズだったと思うんだけどな……ほら、これくらい』
もう一度同じように手で示すが、レベスはゆっくりと首を横に振った。
「だとすればなおさらだ。ルイが言うようなものは、滅多に見られるものじゃない。仮にあったとしても、気づかず落とすような代物でもないだろうしな。」
『うーん……』
言われてみればそんな気もしてくる。そもそも自分の記憶が曖昧すぎるのだ。戦闘のこともはっきり覚えていないし、その後どう動いたのかもところどころ抜けている。
『……見間違い、か?』
自分で言ってみてもしっくりこないが、他に説明がつかない。
「気になるなら後で来た道を探してみるといい。だが、あまり期待はするなよ」
『だなぁ……』
ルイは肩をすくめると、小さく笑った。
『まぁ、これでいいならよかった。なにか使えそうなら使ってね』
「ああ、有効に使わせてもらう」
レベスはそう言って、受け取った宝石を机の上に置いた。その動作は自然で、特別なものを扱っているようには見えない。
それを見ているうちに、ルイの中の違和感も少しずつ薄れていった。
『じゃ、俺戻る!』
「ああ、ゆっくり休め」
軽く手を上げて、ルイは部屋を後にする。
扉を閉め、再び長い廊下を歩き出す。石造りの床に足音が小さく響く中、ルイはもう一度ポケットを探ってみたが、やはり何も出てこなかった。
『……やっぱ気のせいか』
そう呟いて、今度こそ諦める。考えても仕方ないことは考えない。それが今のルイのスタイルである。
しばらく歩いて、自分の部屋の前にたどり着く。扉を開けて中に入り、ベッドにそのまま倒れ込んだ。
『はぁ……疲れた』
天井をぼんやりと見上げながら、今日の出来事を思い返す。森、三つ首の蛇、訳の分からない勝利、そして宝石。
_______________どれも現実感が薄い。
『……まぁ、生きてるしいいか』
小さく笑って、目を閉じる。
その頃、騎士団の建物の一室。静まり返った部屋の中で、机の上にひとつの結晶が置かれていた。
淡く――いや、明らかに異質なほど濃い緑色の光を放つ魔素の結晶。内側では、まるで生き物のように魔素がゆっくりと渦を巻いている。その輝きは、先ほどレベスに渡されたものとは比べものにならないほど深く、重い。
部屋の主であるルカは、椅子に優雅に腰掛けたまま、それをじっと見つめていた。
「……ありえないな」
ぽつりと落とされた声は低く、確信に近い色を帯びている。
指先でそっと結晶に触れる。ひやりとした感触の奥に、微かな脈動が伝わってくる。それはただの魔素結晶ではない証のように、確かに“何か”を内包していた。
「この規模の魔素……上級どころじゃないはずだ」
小さく呟きながら、ルカは視線を細める。記録にあるどの個体とも一致しない。少なくとも、この近辺の森で出現するような存在ではないはずだった。
だが現実に、それは存在している。
「こんなものを落として気づかない……?」
あり得るはずがない。普通の感覚を持っていれば、この異常さに気づかない方がおかしい。
ほんの一瞬、思考が止まる。
「……いや」
すぐに、否定するように小さく首を振った。
だが、それでも胸の奥に残る違和感は消えない。
脳裏に浮かぶのは、廊下の先を何事もなかったかのように歩いていった背中。
静かに呟きながら、ルカは結晶を手に取り、もう一度見つめる。その光は変わらず、ゆっくりと、確かに脈打っていた。




