現金稼ぎ!あいうぉんとマネー!の話
倒れ伏した三つ頭の巨体を前にして、しばらくその場から動けなかった。心臓の音がやけにうるさい。耳の奥でドクドクと鳴り続けている。
『……勝った、よな?』
誰に確認するでもなく呟いてみるが、当然返事はない。目の前の化け物は完全に動かなくなっていて、あれだけ圧倒的だった存在がただの“肉の塊”のように見えるのが、逆に現実感を失わせていた。頭を掻きながらゆっくりと近づく。警戒はしているつもりなのに、どこかまだ夢の中にいるような感覚が抜けない。
ついさっき目に入った“傷跡”のことを思い出す。
鱗の隙間に刻まれた斬撃の痕。それも一つじゃない。明らかに誰かが戦った痕跡だった。
『……これ、マジで誰かやってるよな』
思わずそう呟きながら、しゃがみ込んでよく見る。乾いたような古い傷もあれば、比較的新しそうなものも混じっている。倒しきれなかったのか、それとも逃げたのか……考えかけて、すぐに首を振った。
『いやいやいや、俺関係なくね?』
深く考えるのをやめる。今はそれよりも、さっきの戦闘で消耗した体をどうするかの方が先だ。
と、その時、ふと思い出す。
……あれ、そういえば
頭の片隅に引っかかっていた記憶が浮かび上がる。ゲームの知識だ。この手の強力な魔物は、倒した後に“素材”が手に入る。そしてその中でも特に価値が高いのが――
『魔素結晶……だっけ』
ぽつりと呟きながら、改めて巨体を見渡す。すると、三つの首が交わっていたあたり、さっき自分が殴り抜いた場所の近くで、微かに光るものが見えた。
『……あれか?』
恐る恐る手を伸ばし、鱗の隙間をこじ開けるようにして取り出す。
それは、拳大ほどの大きさの石だった。だがただの石ではない。内側に淡く光る粒子が渦巻いていて、まるで小さな星を閉じ込めたような不思議な輝きを放っている。手に持った瞬間、じんわりと温かい感覚が伝わってきた。
『おぉ……これ絶対高いやつじゃん』
思わず顔が緩む。さっきまで死にかけていたとは思えないほど、現金な感想だったが。
確か、こういうのってそのまま売れるんだよな……加工とかしなくても
ゲームの知識を思い出しながら、他にもないかと周囲を軽く探る。同じような結晶がいくつか見つかり、それを手早く回収していく。全部持って帰るのは大変そうだったが、とりあえず価値の高そうなものだけ選んで懐にしまった。
『よし……こんなもんか』
立ち上がってもう一度周囲を見渡す。静まり返った森。さっきまでの死闘が嘘みたいだった。
『……帰ろ』
小さく呟いて、ルイは森を後にした。
帰り道は、不思議なくらい何も起こらなかった。さっきまでの緊張が嘘のように、ただ淡々と足を進めるだけの時間。時折、さっきの戦闘が頭をよぎっては、いやマジでなんだったんだよあれ…と一人でツッコミを入れる。
とりあえず、売れるよなこれ……結構いい金になるんじゃね?
懐に入れた結晶を空に掲げながら、そんなことを考える。生き延びた実感よりも、そっちの方が先に来るあたり、自分でもどうかと思うが。
やがて森を抜け、石造りの道へと戻る。そこから宿舎までは、長い廊下のようにまっすぐ続く通路になっていた。壁は高く、天井も無駄に広いせいか、足音が反響してやけに大きく聞こえる。
『……疲れた……』
ぼやきながら歩く。体は確かに消耗しているはずなのに、不思議と動けてしまうことに違和感を覚えつつも、深くは考えない。
そのまま歩き続ける中で、ほんの一瞬だけ、違和感があった。
何かが、指の間から滑り落ちるような感覚。
『……ん?』
一瞬立ち止まりかけて、しかし首を傾げただけでそのまま歩き出す。
気のせいか
そう判断してしまった。
そのままルイは、何も気づかないまま宿舎の奥へと消えていく。
_______________そして、少し時間が経った後。
同じ廊下の反対側から、一人の少年が歩いてきていた。
ルカだった。
規則正しい足取りで進むその姿は、周囲の空気すら支配しているような静けさをまとっている。視線は前だけを見据えていた。
だが、その足が、ふと止まった。
床に、何かが落ちている。
小さな、しかし明らかに異質な輝き。
ルカは無言でそれに近づき、ゆっくりとしゃがみ込む。指先で拾い上げたそれは、淡く光を宿した石だった。
――魔素結晶。
しかも、ただのものではない。
ほんの一瞬見ただけで分かる。内部に渦巻く魔素の密度が異常に高い。これほどの純度と量を持つ結晶は、通常の魔物からはまず得られない。
……強個体、いや
ルカの目がわずかに細められる。
それ以上か_______________
静かに立ち上がり、視線を前方へと向ける。ちょうど今、自分が歩いてきた方向。そこはつい先ほどまで、誰かが通っていた痕跡が微かに残っている。
足音の反響、空気の揺れ、わずかな残留魔素。
それらを総合して、結論は一つだった。
……この先にいる
ありえないはずの結論。
だが、手にしている結晶がそれを否定させない。
これほどの魔物を倒し、その素材を持ち帰る存在が、この先にいるという事実。
ルカは無言のまま、一歩踏み出す。
だが――
次の瞬間、ふと立ち止まる。
視界の先、まっすぐに続く廊下には、もう誰の姿もなかった。
気配も、足音も、何も残っていない。
まるで最初から、そこには誰もいなかったかのように。
「……消えた?」
小さく、呟く。
その声は、広い廊下に吸い込まれていった。
手の中の結晶だけが、確かにそこに“何か”がいたことを示している。
ルカはしばらくその場に立ち尽くし、やがてゆっくりと結晶を握りしめた。
その目に、わずかな興味の色が宿る。
静かな廊下に、再び足音が響き始めた。




