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「ねぇ、姉さん」
草木のざわめきにかき消されそうな、か細い子供の声。
少年とも少女とも聞き分けの付かない、あどけない声。
「ん、どうした?押華」
子供の声に応える、強く確かな女の声。
ざわめきの中でも、見失う事のない声。
星々の灯りだけが照らす山奥の草原に寝そべる一人の子供と一人の女が居た。
子供は木々の間に潜む闇に囲まれて幾分か不安そうにしながら、灰色の瞳を潤ませて女の着古されたコートの袖を指先で引く。
「あの空の向こう、星の向こう、宇宙のもっともっと向こうには、何があるのかな。それとも……なんにも無いのかな」
細い指先が煌めく星々の間に潜む闇を指示した。
女はぱちりと目を開くと、星も闇も、空を覆う全てを子供と同じ灰色の瞳に映す。
「宇宙の果ての向こう側、か。流石の私でもまだ行ったことはないな!」
暗闇を払いのけるような「わははは!」という豪快な笑い声が山中に響いた。
彼女の陽気な感情に照らされて、子供も自然と表情を崩してほほ笑んだ。
「でも、そうだな――」
長い旅路を物語るように使い古された皮手袋に握られる、星々の煌めき。
握り絞められたその拳は子供の手のひらよりも、光り輝く月よりも、ずっと大きく、ずっと力強く、静かな意志を感じさせる音を立てた。
「いつか絶対に行ってみせる。あの月の、星の、何処までも向こう側に、一体何があるのかをこの目で確かめてやるのさ」
揺るぎない信念、または強欲。
必ずそうして見せるという決意を感じさせる言葉だった。
「あはは、土産話を聞くのが今から楽しみだよ。ボクには出来そうにないから……」
「いや違うよ、押華」
女は空を掴んでいた手を広げると、おもむろに立ち上がった。
腰のホルスターに携えた古めかしい拳銃が、月光を浴びて鈍く輝く。
彼女を守り困難を撃ち破って旅路を支えてきたその輝きは、言葉を説得させるのに十分な意味を持っていた。
「自分自身で確かめるんだ。その両目で、その両手で、両足で、肌で……その時にしか知り得ない感情が、思い出が、その全てが、宇宙の果てにある世界の正体で、その感動と発見こそが、押華――お前自身を形作る事実となるんだ」
子供の伏せた眼差しを開かせる言葉。
憧れてきた姉の言葉に導かれて、初めて少年の瞳にも星明りが差した。
「でも、こんなボクに出来るかな……」
「大丈夫、手繰り寄せるんだ。知りたいというお前の願いと、意志と、欲望を束ねて。そうすれば――」
不安に身を捩らせる子供の枝のように細い腕を女が優しく、しかし力強く握りしめて、そして手繰り寄せた。
散った白い花弁が、風に攫われて夜空に舞う。
「どこへだって行けるさ!」
両腕で天を仰ぎ山々にこだまする程の大きな声でその自信を示した姉の姿を見て、子供は心の中の不安を打ち消されたように、ただ真直ぐと空を見上げて、頷いた。
「いつかボクも、自分が何者で、どうするべきなのかを見つけてみるよ」
「あぁ、そん時ぁ一緒に酒でも飲み交わしながら、見つけた答えについて語り明かそうな!」
「うん……!」
草木の香りが、吹き抜ける風が、揺蕩う花弁が漂わせる、旅立ちの予感。
少年と女はお互いに見つめ合い、頷き合った。
いずれ知る事となる、宇宙の果てに思いを馳せながら。




