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メトロカオス  作者: 混眼ルイ
EP:-1【眼下】

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-2

 リアの精密カメラを通したモニターにオスカーの生体反応は映らない。

 あそこまで大きな大剣を握った一人の生命体が欠片も映り込まないこの不可解な状況にあっても、リアは機械のように落ち着き払った様子で周囲を見渡す。


「透過混術か?生体反応を消せるまでとは」

「残念、不正解」


 リアの死角から突如として飛び込んでくる鈍色の鉄塊。

 すぐさま自身に迫る刃に対してレーザーブレードを展開し斬撃を受け止める。

 不意打ちに失敗したオスカーが続けざまに後方へ飛びのいた所にリアが弾丸を浴びせようとするが、またしてもオスカーの姿は闇に溶け込むようにその場から消え失せた。


「まさか転移混術か?いや、あれはまだ技術的に確立されていないな。一体どんな術を――使って――いるのか興味は――あるな」


 四方八方予測不能な角度から連続で襲い掛かる超重量の大剣を、リアは幾度となく紙一重で躱す。

 そして遂にはその斬撃の主を見切ったのか、ブレードをひと突き刺し込んだ。


「ぐっ――」

『オスカー、右腕をやられた』

「だが予測は出来るな。所詮は生身のニンゲンの挙動か。補助電脳がある私からすれば教則本に従って自動車を運転するよりも容易い」


 オスカーの右上腕をレーザーブレードが刺し貫き、たまらず大剣を地面に落とす。


「片腕でその重量の大剣は持ち上げ――なにッ!?」

「持ち上げられない、その通りだね」


 リアの予想に反して、オスカーはその大剣を両手で再び握りしめ下から上に向けて勢いよく斬り上げた。

 突如として差し込まれる急角度からの斬撃に、補助電脳の危機回避が作動しリアの身体が後方へ自動的に回避運動を取る。

 しかしリアが今しがた回避したはずの刃がその直後、なんと彼女自身の背後から突き出してきたのだ。


「なに――ッ!?」

「補助電脳の処理途中はやっぱり隙か。そこは機械らしい挙動だね」


 物理的限界を無視して迫る刃、更に後方に飛びのいた事で自ら大剣の懐に飛び込んでしまったリアは対応しきれずに顔面へ刃が接触。

 湾曲した大剣の切っ先が頭部の装甲の一部を貫く。

 いつの間にか彼女の背後に移動していたオスカーはリアを切っ先に突き刺したまま大剣をフルスイングし、後方に向けて機械の身体を投げ飛ばした。


「クソッ……!電脳を貫いたな!」


 空中に放り投げられながら姿勢制御を試みたリアだったが補助電脳を破壊された彼女にそれは上手くいかず、辛うじて自身の感覚で着地を行う。

 貫かれた装甲の穴からどろりと銀色の冷却液が漏れ出す。

 バチバチと傷口がショートし、視界に表示されるエラーログを煩わしそうに手で払いのけるリアは、肩から黒色の血を流して立つオスカーを睨んだ。


「黒血……ハハッ、なるほどな。そういう事か。貴様、『混人まじん』だな」

「流石は企業専属のプロ、ご明察」

『オスカー、企業戦士相手に、正体がバレた』

「大丈夫。アイツは自分から遮断結界を展開してる。目撃者さえ居なければ情報は残らないよ」


 先ほどリアが刺し貫いたオスカーの上腕負傷部分は、常ジン離れした速度で治癒を始めているようだった。


「混人なら連れているんだろう、『イデア』を。出してやったらどうだ。たまには散歩させてやらないとな?」

「アビィ」

『ワタシ、に、会いたい、ってこと?別に、いいけど』


 オスカーの背後から白い少女が姿を現す。

 全身から黒い液体を滴らせ気だるげな瞳で自身を見つめるアビスの姿を見て、リアは表情ひとつ変えることはないが笑っていることを示すように肩をすくめた。


「ハハッ。随分と長い間この仕事を続けてきたが、本物の混人そしてイデアを目にするのは初めてだな」

「目、ではなく、カメラ」


 子供のように純粋で、ひねくれたようなアビスの返答に、リアは今度は「呆れた」と示すように肩をすくめた。


「お前達の名は?」

「オスカー。彼女はアビィだ」

「あだ名じゃあない、本当の名だ」

「教えない、敵に、情報、渡さない」

「流石に分別は付いているか」


 会話の途中に銃弾をばら撒くリア。

 放たれた弾丸はアビスの身体を幽霊のように通過し、その後ろでオスカーが剣で弾丸を弾き返す。


「ふん、とんだ副産物だな。お前の死体だけでも持ち帰れば今回の成果に特別手当も付くだろう」

「お金、たくさん、ごはんもたくさんかな」

「少しは分けて貰いたいよね。アウターの報酬は僕らの倍なんてものじゃないだろうし」

「手取りはその半分以下だがな!」


 レーザーブレードで斬撃を繰り出すリアと、それを躱すオスカー、そしてアビスはいつの間にか姿を消している。

 攻撃の隙間を縫い、時には衣服ごと肌を焼かれながら、オスカーは傷口から滴った血液を手の内に溜め、周囲へ散らす。

 その次の斬撃を腰を逸らせ紙一重で避けた直後、彼は素早く腰のホルスターからリボルバーを抜き、足元の血溜まりへ向け銃弾を連射した。


「チッ――!」


 リアの四方八方からまるで奇妙な跳弾でもしたかのように襲い掛かり暴れまわる弾丸。

 補助電脳による回避演算を失ったリアは致命傷こそ防ぎつつも、白く美しい装甲にいくつもの傷を付けられた。


「なるほどな、厄介だがギミックは理解したぞ。貴様のイデアの力、『転移』だな」

「考察はご自由に」

「恐らく先ほどから――周囲に撒いている血液が――ポータルの役割を果たす――ッ!」


 バク宙を繰り返しながら弾幕の隙間を掻い潜り後方へと距離を取ってゆくリアに向けて、オスカーが大剣を振りかぶり追撃を仕掛けに行く。


「血痕と血痕はそれぞれが相互に通じ合い、通過した物体を別の血痕に転送することが出来る。疑似的な転送混術、いや、ジン体すらも転送出来るという意味では上位互換だな!」

「良い線は、行ってる、かな!」


 振り下ろされる大剣、死角から突然飛び出す弾丸、それらを補助なしに同時に処理し続けているリアの対応能力は企業専属ランナーの能力の高さを感じさせる。

 大振りなオスカーの攻撃の隙を突き、かがみ込んだリアが鋼鉄の義足で鋭く蹴りを差し込んだ。


「ぐ――ッ!」

「なかなか高度な能力、応用も利くが宿主の能力が伴っていなければ無用の長物だ。サイバネもインストールしていない生身のニンゲンでは尚更な!」


 蹴り飛ばされたオスカーの身体を、背後から伸びる触手が地面を削りながら姿勢を持ち直させ、そのまま瓦礫に付着していた血痕を使い沼に沈んでいくように入り込み姿を消す。


「しかしイデアとのコンビネーションは悪くないようだな」

「まだまだ経験浅いし、それ一本でやらせてもらってるよ」


 次の瞬間には上階から飛び降りリアの脳天に向けて大剣を振り下ろすオスカーが現れた。

 すぐさま身を翻す彼女の装甲を刃が削ぎ落す。

 同時に自らの懐に入ってきたオスカーの顔に向けてリアのブレードが突き出され、長い灰髪を僅かに焼き切った。


「しかしそこまで血液を使えばいくら混人と言えど貧血になるだろう」

「あぁ。正直もうフラフラだよ」


 そう軽口を叩いて見せるオスカーは確かに歯を食いしばって立っていた。


「次はもう少し鉄分を取ってくるん、だな!」

「――ッ!」


 何度となくリアの突きを回避し続けていたが遂に足がもつれたのか、オスカーの腹部にブレードが深々と突き刺さった。

 背中から突き出すレーザーは血液を蒸発させて湯気を発している。

 内臓を破かれたオスカーの腹から、どろりと塊のように大量の血が零れ落ちた。


「っはは――そうさせてもらうよ……だから今日の所はさっさと帰って――」

「なに――ッ!?」

「泥水みたいなコーヒーと一緒にFeバーを流し込ませてもらうよ!」


 密接したリアの身体に巻き付き二人をまとめて拘束する無数の触手。

 リアが抵抗しようとするよりも早く、突然彼女の足場が泥濘のように歪み、まともに立つことが叶わなくなる。


「くそ、なんだこれは――ッ!?何をするつもりなんだァ!」

「リアさん、あなたが予想した『転移』って能力は間違いじゃない。でもあなたが思うような、見たままの『転移』じゃあない」


 バランスを崩し背中から泥濘に向かって倒れるリアに馬乗りになって、オスカーがお互いを泥の奥底へと沈めてゆく。


「ワタシは『転移のイデア』でも、『転送のイデア』でも、ない」

「くっ――離せッ!!!」


 その地面があるべき背後に現れたのは触手を伸ばしリアを包み込み闇へと引き込もうとする一人の少女。


「ワタシは『アビス』。ワタシとオスカーの宿す『概念』、それは――『深淵』のイデア」


 突然、リアの視界は真っ暗に染まった。 

 どこまでも、どこまでも続く、暗闇だった。

 まるで海底に沈んだようで、体が重く、身動きも出来ない。


「ここは――か、らだ、がッ!――ッ!?!?」


 焦燥するリアの視界を横切る、白くぬらりとした異形の影。

 魚のようで、海月のようで、鯨のようで、鱓のような。

 それら異形の影達は、身動きの取れないリアの姿を目にすると、その深紅の瞳を見開いて、牙を剥き出しにした。

 獲物を見つけた『獣』のように。


「混獣――ッ!?何故――何をした!?オスカー!!!アビス!!!!」


 異形たちを撃ち殺そうとガトリングアームを構えたリアの腕が、まるで糸を一本一本の繊維へと解いていくように、崩れ落ちてゆく。

 闇の中へ、泥の中へ、そのパーツは溶けてゆく。

 そうして崩れ落ちた機械仕掛けの肉片を、池にエサを巻かれた鯉のように怪物達が一心不乱に飲み込んでゆく。

 極めて自然的な風景に、リアは無防備にも置かれていた。


「ここはまさか、いやそんな事が……ここは――『混界まかい』か!?そ、そんなことが――」

『ぐるるふしゅう』

『あぎ、あぎあぎろ』

『いずるずる』

「ヒッ――やめろ、離れろ……ッ!!!」


 赤い瞳にリアの身体を映した異形達は、次第に大きな獲物へと興味を移し、そして群がった。

 腕に、足に、胴体に、首に。

 無数の異形の獣が喰らい付く。


「クソ!クソ!!!こんな――機械の身体すらもッ!!!」


 腕を引き裂かれ、足を飲み込まれ、胴体を齧り取られ、首を千切られ。

 無数のエラーログが表示され視界を埋め尽くされてゆくリアの視界に、オスカーとアビスの姿があった。


「混界は異物を喰らう。僕とアビスはその混界と繋がってる。この『深淵』でキミは異物なんだ、リア」

「なぜ――なぜお前は平気で――ッ!?!?」

「別に平気じゃあないよ。ただちょっと、ヒトより耐えれるだけだ」

「そん――な、これが、混人……は、ハハ、アハハハハハ!!!」


 バラバラのスクラップに破壊されもはやその端正なサイボーグは見る影もなく、ただ脳髄を保護する缶詰と、発声の為のスピーカーのみになったリアはノイズ混じりの声で虚しく笑った。

 今もなお崩れ逝く肉片を混獣は食い尽くし、その脳は戻る肉体を失った。


「私も、私もイデアを見ツけ、混人にナレば……こレだけの、こレだけノ力がアレば!私も、私モ――私ヲ良イヨウニ使ッテ蔑ロニスル本社ノクズ共ヲ、スクラップニ――!」

「出来たら、良かったね」


 オスカーはそんな哀れな缶詰入りの脳髄に、大剣を振り下ろした。

 僅かな、非常に単純な、金属が潰れる音を鳴らして、こぶし大の小さな脳髄は氷のように泥の中へ溶けて逝った。

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