13
ゲンジィの怒鳴り声に気圧されたのか、サブダイバーが破壊の手を止め、呆けたように棒立ちになる。
2、3度辺りを見回し、足元に居るちっぽけなドワーフ二人を見下ろした。
『え、どういう事ですか?』
「ここがチェッカーボードの秘密工場に見えるんか!?どこに新型サブダイバーが置いてあるんじゃ!」
「こんなオンボロほったて小屋工場が大企業の秘密施設な訳ないでしょ!?」
「オンボロ掘っ立て小屋は余計じゃ!」
『そんなまさか、でもマップではここって……』
暫しの沈黙。
スピーカーを通して小さな声で『……あ』などいうぼやきが漏れ聞こえ……。
直後、サブダイバーが建物を支えて立つ鉄骨を無理やり引き剥がし始めた!
「きゃあ!」
「おぉい!?ちょっとなにしとるの~!?」
『うるせぇ!お前ら全員まとめてぶっ潰せばこの過失もチャラだぜ!生きてる被害者がいねーからなぁー!』
「めちゃくちゃだ――ナグリさん危ない!」
落下してきた瓦礫に咄嗟に頭を抱えてうずくまったナグリの元へ、オスカーは迷わず駆け込み、落下物から彼女を庇った。
破壊活動を再開したサブダイバーは所かまわずブレードを振り回し、機材を踏み潰し、滅茶苦茶にし続けている!
オスカーの陰で立ち上がったナグリもゲンジィも、見るからに青ざめた様子だ。
「このままじゃワチシらの工場が……」
「……武装類も全部踏み潰されておるわい」
途方に暮れるドワーフたちの姿を見て、オスカーはバンダナをクイっと指先で伸ばし、アビスと目線を合わせる。
「……アビス」
『どうした、オスカー』
「あのクレーン、引っ張り落とせる?」
サブダイバーの頭上で揺れる、天井から吊るされた巨大なクレーンを指さすオスカー。アビスも共に、クレーンを見上げた。
『オスカーの、協力さえあれば』
「もちろん。アビス、サブダイバーを止めよう!」
『ん!?なんだぁ!?』
オスカーが掛け声と共に腕を天井へ向け掲げると、袖の中から黒い触手が投げられた縄のように伸び、サブダイバーの横を通過してクレーンに絡みつく。
そのまま袖から伸びた触手をオスカーが握りしめ、全身の力を込めて引き続けた。
「オスカーくん!?」
「ナグリさん!ゲンジィさん!危ないので下がっててくださいっ!ボクらでアイツ止めてみますっ!」
「わ、わかった!ナグリ、こっちじゃ!」
オスカーの姿を見て、カノンは頷き工場の裏手へと走り込んでいった。ナグリとゲンジィもその場から一歩引く。
『一体何をするつもりで――』
『オスカー、クレーン、外れる』
「ぶつか、れ!」
クレーンを支える基盤が歪み、ミシミシと悲鳴を上げた直後、クレーンが天井から外れサブダイバーの頭部に直撃!
『んのぉあ!?これが狙いでェ!?』
バランスを崩したサブダイバーがふらふらと後方によろめき、工場の壁面に背中をぶつけて何とか姿勢制御を取り戻そうとしている。
しかしそこに連続して、工場の外から巨大な鉄球がサブダイバーへ向けて突っ込んでくる!
『どぉあぁ!?!?!?』
「オスカー!ヤツの首元にある伝達ケーブルを切れ!」
「わかった!アビス!」
カノンが繰る解体用クレーンの鉄球を背面から直撃させられたサブダイバーはそのまま情けなく前のめりに倒れ、地面に膝を打ち付ける。
すぐさまオスカーはアビスの触手をサブダイバーの関節に巻き付かせ、自らの体を引き寄せてサブダイバーに取り付いた。
『チッ、クソ!制御系の回復にぃ!いいから立て、立てよマーシャルダック!』
「うわっ!?」
触手をロープ代わりにしてサブダイバーの体をよじ登ろうとしたオスカーだったが、制御を取り戻した巨体が再び立ち上がる。
機体に取り付いたオスカーを振り落とそうと、サブダイバーの上半身が機械的に右へ、左へ、ぐるぐると旋回を繰り返す。こんなにも大きな存在に何度も振り回される日が今まであっただろうか?
『あばばば、目が、回る』
『いいから離れやがれってんだッ!クソ!』
「くっ!」
「オスカーくん!」
オスカーの体がずり落ち、サブダイバーの腕部装甲へ間一髪触手を滑り込ませてしがみつくが、複雑に噛み合う関節の駆動を目の前にすればこの場所に取り付き続けるのは危険だと素人でも察するだろう。
「ナグリ!ワチらも黙って見ておるワケにはいかんぞ!」
「オーケーオンジ!合体!突撃!」
そんなサブダイバーの足元へ、ナグリが巨大なワイヤーカッターを持ったゲンジィを肩車し駆け寄ってくる。
オスカーを振り落とすことに専念し足元が疎かになって棒立ち状態だった脚部のメンテナンスハッチをナグリが強引に開き、ゲンジィがワイヤーカッターを用いてケーブルをブツブツとぶつ切りにしてゆく!
ケーブルの一本からどす黒い液体を噴き出しながら、たまらずサブダイバーは右足の機能を失ってその場に尻もちをついた!
『な、なんだぁ!?なんで右足が動かねぇ!?』
「拠点攻略に対ジン装備を積んで来ないバカがおるか!」
「っと、オスカーくんキャッチ!」
「ありがとうございます!」
そのまま落下してきたオスカーを、ゲンジィを降ろしたナグリが抱きかかえるように受け止める。こうして包まれてみると、やはりナグリの手は祖父に似てオスカーよりも数倍ほど大きい。
サブダイバーは地面に落としたブレードがそのまま真っ二つに折れたのを他所に、よろよろと再び立ち上がろうとしている。
『ちくしょう!ちくしょう!なんだってんだオイ!こうなりゃ脱出して自爆を――』
「アビス!あのブレードを!」
『わかった』
ビュンと触手を飛ばし、折れたブレードの刃を包み込む。
幾重にも幾重にも触手を巻きつかせ、全身の力を使って巨大なブレードを生身でゆっくりと持ち上げ始めたのだ。
「オスカーくん!スゴい!」
『あれっ、ブレードは……あぁっ!?テメッ、何を!?』
そのままブレードを地面に引き摺るようにしてオスカーが走る。鉄が擦れ、火花を撒き散らし、勢いを乗せたまま触手を鞭のようにしならせてブレードを振り上げた。
「このまま――っ!」
『ワァーッ!!??ちょっと待て!待て待て待て!!!』
パイロットの命乞いも惜しくも届かず、頭上へ振り上げられたブレードはしなる触手に勢いを乗せられ、サブダイバーの首元に直撃!
装甲の隙間に抉り込み、無数のケーブルを断線させられたサブダイバーは黒い液体を噴き出しながら遂に膝を折り、沈黙した!
「はぁ……はぁ……よしっ」
「オスカー!お前なかなかやるのう!」
「ナイスガッツ!スゴイスゴイ!」
ずるり、とブレードを引き抜き、触手を仕舞いながらオスカーは額を伝う汗をぬぐった。二回目だからか、先ほどよりも倦怠感は酷くない。体が馴れてきたのだろうか?
その時、突如バシュンと音を立ててサブダイバーの背面装甲が開き、小型のポッドのようなモノが飛び出した。
『ちくしょう!ちくしょうちくしょう!俺の相棒が!許さねーからな!クソ!』
「もう一度ワチらん所に来てみろ!次はスクラップでもすませんぞ!」
『うるせークソジジイ!バーカバーカ!』
情けない捨て台詞を漏らしながら、脱出用と思われるポッドは飛び去って行った。
その様子を見届けて、クレーン車両から降りてきたカノンもオスカーの元へ歩み寄る。
「よくやった、オスカー。それにアビスも」
「そうそう!さっきの触手なになに?アビスって誰?」
「アビス、出てきていいよ」
「じゃーん」
ナグリの期待に応えるように、アビスが姿を現した。
彼女は興味深そうになまじろい姿をした寄生生物の様子を観察する。
「なるほど~!これがウワサに聞くイデアって子ね~!」
「わたしと、一緒、黒い、べたべたの、ヒト」
「あっはは!確かにお揃い!」
グリス塗れのナグリと、黒い粘液塗れのアビス。お互いの顔をお互いに指さし合っている。
その横でゲンジィは深いため息を吐きながら、めちゃくちゃになった工場を眺めた。
「参ったのぅ、片付けるのが大変だわい。混素までまき散らしおってからに、除染が大変じゃの」
「機材もいくつかやられてますね。もうちょっと早く止められてたら……」
「おうおう何をしょげとるんじゃ。お前が居なかったらワチら皆床の染みじゃ!それに心配するな!お前のマシンは少し遅くはなるが明日までには仕上げてやるわい!」
「え、今日中に完成させるつもりだったんですか!?」
驚愕するオスカーに、ゲンジィは「当然じゃろうが!」と言いながら大笑いした。彼らの自信とそれを裏付けする技術力はなかなかのモノなのだろう。
早速瓦礫に埋もれたフレームを引っ張り出し、ナグリと何故か一緒になってアビスも様子を見ている。
「ゲンジィ、ある程度再建に必要なモノは私からも出資させてくれ。ここが潰れてしまってはフラステア街道のヒト達も困るだろう」
「背に腹は代えられんからの。カノンの協力もあるなら一安心は出来るわい」
「私としてもここの設備には常々世話になっていたからな。ふむ……それに、また少し借りておきたい用事が出来た」
サブダイバーを刺し貫き、折れたまま放置されていたブレードへカノンは目線を映しながら何か考えに耽っている様子だ。
流石に激動の一日を過ごし、いろいろとパンク状態のオスカーには彼女の企みまで推察するほどの余力は残っていなかったが。
―――
ビハインドバレルに帰って来たオスカーはカウンターの椅子に座り、コーヒーを片手に電子レンジのような『即席調理装置』の中で回る即席ミールパッケージを眺めていた。
カノンはまだやることがあると言って工房へ戻っていったため、完全に留守番状態だ。それでもやっとこさ、落ち着ける時間が出来たといった所だろう。
「くるくる、かんたん、おいしいごはん」
隣の椅子ではアビスがくるくると回りながら、ミールパッケージの謳い文句を口遊んでいる。
相変わらずその体から流れ出る体液が止まる事はなかったが、恐らく彼女の個体としての特徴なのだろうという事で一旦納得し、アビスもそれ以上気にすることはなかった。
それにしても滅茶苦茶なことばかりの一日だった、とオスカーは回想する。
異空間に沈み泥まみれになって、バケモノに襲われて、寄生生物と共存することになり。かと思えばこんな遠未来的な都市に迷い込んで、早速ゴロツキに命を狙われ、初めてヒトを殺し。
なんだかんだでここで暮らさざるを得ないと覚悟を決めたら、失踪していた姉が実はこの街で生きていた事を知り。新しい服を買って、新しい通貨と新しいバイクを受け取りに行ったら、巨大ロボと殴り合い。
「……疲れたな」
流石に疲れる。肉体的な疲労はと言えば、アビスのおかげかそんなに感じられない。しかし精神はどうしても疲れる。
コーヒーを一口すすると、たったひとつの郷愁を思わせる香りに、幾分か心も温まるが。しかしやはり、異国どころではない全くの『異界』ともなれば、そう簡単に癒せる疲れでもないなとオスカーは実感する。
「オスカー、凄く疲れている。アビスの分も、食べる、か?」
「ううん、一緒に食べよう。そっちの方が楽しいし」
「楽しいのは、いいこと?」
アビスは疑問を浮かべるような表情で、そう呟いた。
「楽しいことは、たくさん、あった。混獣と戦うのも、ラオのごはん、食べたのも、街を歩いたのも、サブダイバーを、倒すのも。楽しかった。それって良い事なのか?わたしは、楽しいという感情は分かるが、正しいのかが、分からない」
「そうだね。ボクもそこまで突き詰めるとあまり確かな事は分からない。けど――」
その時、チンと調子の良い音を立てて即席調理装置が停止した。オスカーがドアを開き、二人分のミールパッケージをカウンターへ運ぶ。
「思い出になるならいいんじゃないかな」
「思い、出?」
「そう、思い出。姉さんはよく、ボクに『思い出と感動こそが自分を形作る事実になる』って教えてくれたんだ」
オスカーの言葉を聞いて、アビスは寂しそうに目を伏せた。
「だから、わたしはかなしい。わたしに、思い出はない。あるのは、オスカーの記憶、だけ。わたしの感情は、オスカーの記憶からコピーされて、生まれたに過ぎない、から」
「だからこそだよ、アビス。今日の事だって明日から思い出になるんだ。そうやって毎日を積み重ねて、これから作って行けばいいんだ。それが楽しいと思える事なら尚更いいと思うし」
「これから……作る……」
パッケージを剥がしてみると、まるで固形水彩絵具のパレットのような無機質なナニかが詰められていた。恐らくこれをスプーンですくい取って食べろという事だろう。
あまりにもベタベタなディストピア飯に、オスカーは思わず笑いが漏れ出た。本来であればこういうモノはため息を吐きながら一口ずつ詰め込んでいくようなモノだろうが、初めて食べるならこれもまた新たな経験で、一生に一度しか味わえないご馳走だ。
「ボクもまだまだ知らないことだらけだ。今日一日でも、『初めて』をたくさん経験した。だから、まだやっぱり自分は未完成だなって思うんだ。思い出は、まだまだたくさん作れるなって」
「そうか、オスカーも未完成、なのか」
「うん。だからとりあえず、今日はコレ食べて寝て、一日の事を思い出にしよう」
「そう、だね」
アビスは納得したように頷いた。
しかし同時に、オスカーは自分の言葉で、自分を納得させようとしていた側面もあった。不安なのは彼も同じで、否定できない事実なのだ。
ただそれでも、今日を何とか生き延びる事が出来た。楽しかった経験も、苦痛だった経験も、悩んだ経験も、全て明日には思い出になるだろう。
今はそれで良いのだ。少しずつ、この街で生きる自分を組み立てて行こう。戦う自分を、駆ける自分を、順番で良い。積み立てて、積み立てて、いつかそうして、姉に出会っても恥じずに語り合えるような、たくさんの思い出を自分に重ねよう。
初めて食べるミールパッケージの味は、むせかえるほどしょっぱかった。
――EP:02【都界】 終。




