09
「お前が押華だったんだな。リフターから度々話は聞いていた。何故今オスカーと名乗っているのか、いろいろと事情はあるのだろうが、本人である確証が持てなくてな」
「い、いえ。そんな深い理由はないですから」
背中が汗で濡れる。
カノンはそんなオスカーを宥めるように、しかし確かに、事実だけを慎重に語った。
「お前の持っているその銃の作動方式、コーヒーに対する反応、そして言語の認識。多くのドリフターがここを訪れたが、これらが全て一致する者はオスカー、お前しか居なかった」
「オスカーの、姉。元の名を、莉侘。わたしも、記憶で見た」
オスカーは震える手で、見覚えのある拳銃を受け取った。
今まで一度も触らせてもらえなかった、姉の銃。思ったよりもそれは大きくて、重かった。
古めかしいリボルバーで、シリンダーは手入れが良く行き届いている。もはやビンテージに片足を突っ込んでいるそれは、間違いようもない。あの日見た、姉の銃だ。
「ど、どうしてこれが?いや……どうして、姉さんが……ここに?」
「もうどれくらい前になるだろうか。お前と同じように、リフターはここに流れ着いたのさ」
再び椅子に深く腰掛けながら、カノンは語る。
テーブルに並べられたリフターの銃と、麻袋。その二つは確かに、彼の姉の存在を物語る確実な手がかりだった。
「私としても、ドリフターとは彼女が初めての邂逅だった。元の世界に戻れず、この街で生きると決めた彼女は、私と共にバディを組むことになった。流れ者がこの世界で生きて金を稼ぐには、多少の荒仕事も必要だったからな」
「それって……」
「そうだ。お前もこの店に来るまでに何人も見て来ただろう。報酬を対価に厄介事を解決する傭兵、便利屋――そう、『ランナー』だ」
オスカーとアビスの身柄を狙った、ゴロツキ達。路上で厄介者を排除するため訪れたレインコートの女。
彼らが称されていた存在、それこそが『ランナー』だった。
「誤解しているかも知れないが、ランナーは殺しが本業ではない。イヌの散歩から清掃、混獣と呼ばれる害獣の駆除活動、地上ではまるで機能していない『ガルム隊』――リフターの言葉を借りれば『ケーサツソシキ』の代わりとなって犯罪者を始末したりする。クライアントとの『金』による契約を絶対とする存在だ」
「なんていうか、ハハ……姉さんが好きそうだ」
「あぁ、実際ノリノリだったな。『ダーティさは傭兵の嗜みだよな』なんてよく言ってたか」
その話をされて、オスカーはまた胸がざわついた。
姉に限ってそんな事はない。が、念のために確認せざるを得ない。
「姉さんは……その、そうした仕事の中で命を落としたとか――」
「まさか。彼女は優秀だった。容赦もしない、手も抜かない。お前を見ているとまるで同郷の出身とは思えなかったが……ただ同時に、あの時銃を握っていたお前の事も思えば、やはり似ているな。お前達は」
カノンはラックへ目線を向け、ただ当時を回顧するように、ため息を吐きながら口を開く。
「消えたんだ。この銃を残してな」
「消えた……?」
「もちろん急に姿を消した訳じゃない。『やりたい事が出来た』。彼女が語った理由はそれだけだ。『オマモリ』というヤツの代わりにしていたこの拳銃を置いてな。そして最後にこう続けた。『この銃を知る奴がいずれ来るから、その時は面倒を見てやってくれ』と」
「なっ――!?」
「オスカー、姉さんは、オスカーが、ここに来るのを、知っていた?」
カノンとアビスの言葉に、オスカーは混乱した。
ある日突然姿を消した姉、リフター。
そして彼女はここでも姿を消していた。
挙句の果てには、自分がこの異界の街、メトロに迷い込む事すら予見して。
「私は、友人との約束を守りたい。そして友人がどこへ消えたのか、それもいずれ突き止めたい。いろいろと返してもらわなきゃいけないツケもあるからな。特にあの酒癖の悪さにつけた領収書は数え切れん」
「……姉さん」
「もちろん、彼女を探すのは私が勝手にしたいことだ。ヒト探しをお前に押し付ける気は無い。ただ、必要な時に協力して欲しい。これは私からの頼みだ」
オスカーの記憶の中から、姉の言葉が蘇る。
冗談めかして語っていた、姉のあの言葉が。
「『酒でも飲み交わしながら、見つけた答えについて語り明かそう』」
「……フッ、らしい言葉だな」
「ですね」
オスカーはカノンに向き直り、姉の銃を握った。
「カノンさん――」
「なってないぞ、構え方からしてな」
「……やっぱりその気ですか」
「あぁ。鍛えてやる。この世界で生きれるように。自分の身を守れるように。お前自身が望む『選択』を出来るようにな。それがリフターとの『約束』だ。オスカー、お前はどうしたい?」
自らが握る、姉の拳銃へ目線を降ろす。
まだ、この世界の事はよく分からない。
判断出来る材料があまりにも足りない。
やりたい事だってそんなすぐには決められない。
でも姉は、カノンを信じて、自分を導く役割を彼女に託した。
カノンも、姉との約束を違える事はない。その覚悟を持っている。
そして同時に、自分自身の存在も必要としている。
なら、選択肢はひとつ。
オスカーは顔を上げ、カノンの瞳を見つめて口を開いた。
「この世界での生き方を教えてください。どの道この世界で生きていくしかないですから。姉さんみたいに、やりたい事も今すぐには決まらなさそうですし。賞金稼ぎでも便利屋でも、やってみます。姉さんの行方を辿るのも、ボクが力になれるなら」
「フッ、やっぱりお前は似ているな。そもそもそんな骨とう品では力不足だぞ、私のバディとしてやっていくならな」
「契約成立、ですね」
カノンとオスカーは、互いに手を握っていた。
一方は、この世界で生きていく術を学ぶために。
一方は、追い求めるヒトの行方を辿る為に。
路地で立ち上がる為に差し伸べた手とは違う、相互の信頼の証として。
「お前の故郷ではこれが信頼を示す所作なんだろう?いつぶりだろうか」
「わたしも、する~握手~」
何故か羨ましそうな声を出しながらアビスが二人の間に割って入った。
流石にコーヒーの苦さは忘れたようで、表情も元通りだ。
「アビスはいいの?」
「わたしも、知りたい。わたしが何者なのか、どうするべきなのか、今は分からない。生きるのに必要だから、オスカーと一緒に、居る。イデアが、持つ、力……それも、戦えば、思い出すかも、しれない」
胸に手を当てそう語る彼女の姿は、オスカーに思いを打ち明けた時よりも、幾分かハッキリと、目指すべき方向性を得たような、そんな眼差しをしていた。
「そうだな。では私達はトリオという事だ。よろしく、アビス」
アビスとカノンもまた、手を握った。
「そうと決まれば」と言いながらカノンはひとつのインカムヘッドギアと端末を持ち出した。スマートフォンというにはやけにゴツく、レトロな雰囲気だ。物理ボタンすらついている。
「オスカー、お前の物だ」
「お、思ったよりも何て言うか……ホログラムとか出るかと思ってました」
「『アンダー』じゃ安くて機能が使えれば十分なモノなんていくらでもある。激しい活動の中では物理ボタンほど信頼できるものはない」
カノンに案内されるままに、『PIT』と記されたアプリを起動する。
なんでもそれは、ランナーの傭兵活動をサポートするためのアプリケーションらしい。依頼掲示板や、街の口コミ情報、ランナー向けのニュースまで。
随分と充実した機能に、オスカーは面食らった。
「一応殺ジンって非合法なんですよね?ランナーって結構グレーな存在なんじゃ……」
「『必要だからそういった依頼は野放しにされている』のが正しい。ヒトが一人や二人死んだ程度でわざわざ世の中がどうこう動く事はないからな。故にランナーは必要とされていて、こういったモノが用意されているのさ。なんせこのアプリを管理しているのは『ランナーズギルド』と呼ばれる公的機関だ」
「えっ、公的に認められてるんですか!?」
「ランナーの存在自体はな」
相変わらずめちゃくちゃだ。
「ギルドに直接登録して活動するランナーも居るが、私達はあくまでフリーランス、独立したランナーとしての活動をする。その方が依頼の幅も広いし、何より企業や機関の監視網からはある程度逃れられる」
住民情報と紐づける項目もあったが、カノンの指示でここはスルーし、アカウントの登録を終えたオスカー。
実際掲示板に目を通してみれば、様々な住民からの依頼が現れては消えてゆく。
「廃墟の清掃」「混獣の駆除」「物品の輸送」「迷子の捜索」「復讐の代行」「犯罪者の始末」「イヌの散歩」「研究サンプル集め」……あまりにも雑用としか取れない内容から、極端に暴力的なモノまで幅に限りがない。
「もちろん掲示板に出ないような依頼も時にはある。小規模な隣ジンとの繋がりから声を掛けられる事もあるし、逆に誰にも知られたくないような物騒極まりないモノまでもな」
「姉さんは、極端に言えば一番大きな仕事ってナニしでかしたんですか?」
「ふむ、そういう観点だと企業の保有する貨物輸送列車の襲撃、だったかな」
「滅茶苦茶ですね……」
今更ながら不安が手に汗を握らせたが、今更引き返しようもない。
流れ者の自分がこの街で生きていくには、金と信頼、そして戦う力が必要なのだ。
だからこそ、オスカーは選択したのだ。
ランナーとして都市を駆ける事を。
この都市での生き方を見つける為に。
「私はクライアントとランナーの間を取り持ち支援するサポーター、お前専属の『フィクサー』として活動する。報酬は8割、お前達の取り分だ。私は工房での仕事もあるからな」
「いいんですか?そんなに」
「むしろ私にとってはお前達に協力してもらっているような立場だ。金ないヤツが何を謙遜しているんだ」
「お金、大切なモノ。たくさんあると、安心。そう、記憶で見た」
アビスの言葉に、オスカーは少し苦い表情をして頷いた。
旅路の中で金欠になる事も多々あって、その度に苦い思いをした経験がある。
何をするにしても、盤石な資金が必要なのだ。無策でこの街を旅して周れるとはオスカーも思っていない。
「さて、早速仕事に――という訳には当然いかない。まずはその服をどうにかしないとな。他にも、いろいろと準備したいモノがある。装備、武器、そして――」
カノンがそこまで言いかけた、その時。
ぐー。
「オスカー、空腹」
「ご、ごめん……そういえばなんも食べてないの思い出したら急にお腹が……」
「そう、腹ごしらえだ。何よりも大事で、そして、最もこの街で厄介なこと。本来であればドリフターは体質に合致した食事をまず見つけるのが大変だ」
カノンの言葉にオスカーは確かに納得した。
無数の種族が入り乱れるこの世界では、食べれる物も千差万別。
オスカーにとって毒性のあるモノでも、とある種族にとってはご馳走かもしれない。そういったものをうっかり口にしてしまうと考えれば、自ずと危険性にも頷ける。
少なくともカノンが先ほど口にしていた『サイボーグ用潤滑ゼリー』なんてモノは口にしない方が良さそうだ。
「幸いにも、お前はあのリフターの弟妹だ。彼女の行きつけだった店があってな。そこなら、オスカーでも安心して食事が出来るだろう」
「姉さんの行きつけ……確かに行きたいです」
「オスカー。もうかしこまった口調はしなくて大丈夫だ。簡単な言葉回しが出来た方が、いろいろと便利だからな」
「肩の力を抜くといい」といった様子の彼女の提案に、オスカーは頷く。
「はやく、行ってみたーい。行きつけの、お店」
「よし、まずはウェアだな。どんなのを選ぶか今のうちに考えておけ。私が全て出そう」
「本当?ありがとう、カノンさん」
気前の良さに素直なオスカーを見て、カノンは小さく笑った。
変わらないものだな、と。




