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メトロカオス  作者: 混眼ルイ
EP:02【都界】

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14/20

08

「よし、まずは一息吐くとしよう」

『疲れた、目が痛い』

「外に出る?アビス」

「ブラインドを下げておく。今夜は閉店だ、アビスもくつろぐと良い」


 騒がしく刺激的な街中と異なって、ビハインドバレル店内は随分と落ち着いていた。

 ビカビカとした街中とは対照的に木目調の家具で統一された内装は、オスカーからして見ればまさに久方ぶりな親しさを感じる。もちろんラックやショーケースには銃器を始めとした物騒な武器が商品として陳列されてはいたものの、そもそも自前の拳銃もこうした店で見繕ってもらったモノだった。

 そして彼女のヒト柄からして、これらを不用意な取り扱い方をしないような心がけすらも陳列から感じさせる。


 店の奥でカノンがコーヒーメーカーと思われる装置を動かしている。オスカーの体から分離したアビスがふらふらと宙を浮きながらテーブルに腰かける頃には、香ばしい嗅ぎなれた匂いが漂ってきた。

 少なくとも、この世界に来てからずっとドブの香りを堪能させられていたのだ。オスカーにはそれだけで、安心出来るような気がした。


「オスカーの口に合うかは分からないが。無理だったら遠慮せず吐き出してくれ」

「コーヒーですか、折角淹れて貰ったのにそれは……」

「フッ、なかなかこうした来訪者の口に合うモノを選ぶのは難儀するからな」


 カノンがコーヒーカップと自身の為に用意した缶飲料をテーブルに並べた。その横では、アビスが全身から黒い体液を流しながら自身の体を不思議そうに見つめている。


「んー、おかしい、気がする。体、変」


 今にも崩れ落ちそうなその様子と、店の床とテーブルを汚し続けている姿にオスカーは少し焦りを覚える。


「アビス、大丈夫?」

「わからない」

「何故かは分からないが実体の成形があまり上手ではない個体のようだな。残念ながら『イデア』を診てくれるような医者は須らくろくでもないだろうからな」


 缶飲料にストローを刺しながらカノンはぼやく。缶に描かれたベリーのような図柄と『マルシア』という表記から、恐らくマルシアとはこのベリーの品種を表す名前なのだろう。


 オスカーは先ほどのチンピラや、カノンが度々口にしていたある言葉を訪ねる。


「アビスは、その『イデア』っていう名前の種族なんですか?」

「あぁ、そうだ。『イドラ』と呼ばれる『混素まそ結晶体』からのみ産まれてくる寄生生命体。正直な所、私も詳しい事はあまり知らないが」

「わたし、アビス。イデア、イドラ、混素……」


 アビスは自身の溶け堕ちる手のひらを見つめた。

 右目の虚空からは、今もなお黒い体液が流れ落ちている。

 『イドラ』とは、恐らくオスカーが触れた、あの女神像の事だろうと推察出来たが、やはり『混素』などの言葉にはあまり聞き馴染がない。


「正体不明だからこそ、企業や金持ちがこぞって欲しがる。滅多に存在しえない希少なイドラと、そこから何かしらの要因で発生するイデアは連中が全財産と付け合わせて命すら差し出してでも欲しがる未知の塊だ。だからこそアビス、そしてオスカー。お前達の命は多くの者にとって狙われる事になるだろう」

「それはよく分かります。さっきのような事があれば、嫌でも実感するっていうか……」

「だろうな。アレはまだチンピラだったから良かったが、もっと手心ない連中もいるだろう」


 オスカーは一口、コーヒーと思われる飲料を口に運んでみた。

 それは、彼が身構えていたよりも想像以上に単純なコーヒーだった。

 ほろ苦さと僅かな酸味、奥ゆかしい香り。あまりコーヒーに詳しくないオスカーでも、この見知った香りと味は、重く伸し掛かっていたモノが一旦肩から降ろされるような気がした。


「わたしも、飲んでみたい」

「いいよ」

「……うぇー」


 アビスの口には合わないようだったが。


「――ただ同時にオスカー、イデアとそれを連れる『混人まじん』と呼ばれる存在は、特異な能力を持つことも出来る。連中が欲しがるのは、その特異性に魅入られているからだ」

「特異な力……一体化したり、触手を出したりっていう感じのアレですか?」

「いいや、それくらいならあの『ミミカ焼き』の店主ですら出来るだろう。そうではない、もっともっと、異様なモノだ」


 オスカーがコーヒーを飲んでいる姿をまじまじと眺めながら、カノンは言葉を綴る。


「いずれそれは知らなければならないだろう。戦う方法も含めて、だ」


 その言葉には、強く深刻なニュアンスが含まれていた。

 姿勢を正したカノンの姿に、オスカーは恐らく次に飛んでくる言葉に身構える。

 そしてそれは、薄々オスカーが想像し、想定していたことだろう。


「オスカー、お前にもひとつ、受け入れて貰わなければならない事実がある」

「その、何となく想像は付きます……。たぶん、ボクが居た元の世界にはもう――」


 オスカーがそこまで言いかけた所で、カノンは静かに頷いた。

 身構えていたからなのか、はたまた自分が旅人だったからか。

 彼は随分と、冷静だった。


「このメトロは数え切れない程の並行世界と混界を通じて繋がりを持っている。互いに次元を超えられる技術力を持った世界同士が、交易や戦争を行っている。ただお前の様子や結ぶ言葉の節々から感じる。オスカー、お前の故郷では私達のような存在はまるで非常識なモノだろう」

「SF小説の中か、ファンタジーでしか見ませんよ、こんな街」

「そうだ。失礼な物言いで恐縮だが、お前の故郷はこのメトロと通じるほど発展していなかった。それが問題だ」


 未だに舌を出しては苦みを中和しようともがいているアビスの横で、オスカーは静かにカップの中のコーヒーに目線を落とした。

 やわらかな照明が、彼の顔を揺れる水面に映し出す。

 色んな意味で『先進的』な衣装が見られた街中と比べれば、今の自分の服装はボロ切れのようで……実際そうなのだが、明らかに異なるものだ。


「メトロを中心とした連盟世界群はそうした技術発展が一定水準に到達していない世界への干渉は行えない。そういう取り決めになっている。そして何より、発掘されていない並行世界の数は膨大だ。故郷と似たような世界をもし見つけられたとしても、それは圧倒的に大きな確率で、『よく似た別の世界』だろう。すまないが、私に言えるのは――」

「大丈夫です、カノンさん」


 オスカーは、それでも冷静な様子で顔を上げた。

 彼の瞳を、煌びやかな義眼が見つめる。


「……すまない。お前を元の世界に帰してやれる手立てはない。この世界のどこにも」

「今までの生活とは違う場所に行くのは慣れてますし。たぶんわざわざ帰る必要もないかなっていうか。元々あまり母国にも帰らず、定住しないで点々とした生活を送って来たので。それに、折角ならこの世界も見て周りたいっていうか。だから、大丈夫です」

「そうか……オスカー、それ、旨いか?」

「え?」


 突然の投げかけに、オスカーは眼を丸くした。

 苦くて、薫り高いコーヒー。アビスは未だに悶えているが。


「全然飲めます。まぁあまり自分は詳しくないんですけど。姉は好きだったかな」

「……」


 カノンはその言葉を聞いて、組んだ両手を何度か額に当てた。

 悩むように、思い耽るように。


「あの、カノンさん?」

「オスカー。そしてアビス、ここからは私の話だ」

「さっき言ってた『事情が変わった』っていうヤツですか?」


 カノンは再び静かに頷くと席を立ち、店の奥へ何かを取りに行った。

 暫しの静寂。

 オスカーは、何故か胸がざわつき始めていた。

 さっき身構えていた時はそれほどでもなく覚悟出来ていたことだったのに。

 あの照明のついていない部屋の奥からカノンが帰って来た時に、どんな言葉が突き付けられるのか。何を見せられるのか。


「オスカー、どうした。心拍が、激しい」

「ちょっと、ね」


 コーヒーに目線を下ろす。なんの変哲もない、コーヒーに。


「オスカー」


 彼女の言葉と共に、何かがテーブルに置かれた。

 どさりと、黒い粒がテーブルに広がる。麻袋から散らばった、コーヒー豆だ。

 それ単体でも十分な香りがする。内容量は明らかに減っているし、恐らく開封からそれなりに時間が経っている。

 袋には明らかに、当然のように、『Coffee』と記されていた。

 

 彼自身の知る、見間違いようも読み間違いようもない、翻訳すら必要のない文字で。


「私の友人が譲ってくれたモノだ。故郷から迷い込む際に持ち込んでいた。メトロとその主要な交易世界が産出するコーヒーは全て合成人工栽培で豆の質も最悪。わざわざ飲むよりも雨水を飲んだ方がマシだとすら形容される。ブランデーを足すことなくストレートで飲めるコーヒーなんて私は初めてだった。そんな嗜好品を『彼女』は快く譲ってくれた。『故郷ではありふれたモノだったから』、とな」

「……」

「ただ見せたいのはコーヒー袋じゃない。オスカー。私が手に持っているモノが何か、分かるか」


 胸のざわつきが、大きな鼓動となって鼓膜を揺らす。

 不安とも、期待とも違う。

 何故、こんなに心が揺れてしまうのか?


「銃です……『姉さん』の……」

「そうか。オスカー、お前が……『リフター』の――」


 カノンの手には、古めかしくて、時代遅れで、今でも鮮明に記憶に残る、一丁の『銃』が握られていた。

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