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身体を包み込むエンジンの鼓動。
鋼鉄の壁に囲われた空間に反響する喧騒。
そして緊張感によって静まり返るその空間に、一人の青年が身の丈を超える大剣を傍らに俯いていた。
『最終確認の時間だ、聞こえるか』
「……聞こえてるよ」
彼の耳を覆い静寂をひたりと蓄えていたインカムに女性の声が響く。
青年はその緊張感を崩さないように目線は変えず、ロータリーの駆動音によって搔き消されそうな声をより近くで聞こうとインカムに触れた。
『今回の相手は反体制組織シンダース。中でも急進派閥の連中だろう。奴らはエルゴモス区中央地域にあるアオイプラザを占領している』
言葉が騒音に飲み込まれていく中、狭い部屋の外からはまた新たな騒音が流れ込む。
サイレン、警報、ヒトビトの喧騒。
そして何かが燃える音。
『テロリスト共は「遮断混術結界」を時間差で展開している。内部の情報は分からない。ただヒト質達が殺されつつあるのは確かな状況だ。今回の依頼内容は同時に依頼主の遺言でもあるからな』
「報酬は?」
『前払いで送金済みだ。私達が確実に依頼を達成すると、そう信じて死に際に全財産を振り込んだのだろう』
青年は静かに立ち上がる。
大剣の柄を握り絞めギリと音を鳴らすと、それを背へと携えた。
『依頼内容を伝える。「妻子を殺したテロリスト共に復讐を」。以上だ』
「分かった」
ノブの安全装置を外し、開け放たれる扉。
突風にマフラーをはためかせた青年の眼下には、妖しく輝く大都市の姿があった。
色とりどりのネオンと広告に彩られ、絵の具をグロテスクに塗りたくったような、真っ黒なキャンパス。
その中でロウソクのように燃え上る一本のビルが、彼の灰色の瞳に赤く映る。
『結界の穴を突いて直上から降下した後は屋上から侵入。遮断結界で通信は不可能だ。アビスの準備は出来てるか?』
「……いける?」
彼の呼びかけに、背後から幽霊の如く現れる一人の少女の姿があった。
彼女は街を見下ろすと、こくりと頷いた。
「これくらいの、高さなら、大丈夫。いつも通り、私に、任せて」
「頼んだよ、アビィ」
『後は依頼を果たせばいい。ガルム隊はいつも通り後手の対応だ。後処理は政府の犬共に任せておけ』
揺らめく炎の熱気は、遥か上空を旋回する小型輸送機の貨物にすらも伝わり、肌を炙るようだった。
青年は灼けつくような空気を深く吸い込んで肺を満たすと、一気に吐き出す。
透き通る少女は彼と溶け込むように、その姿を再び消した。
『お前達「ランナー」は傭兵であることを忘れるな。報酬を受け取った以上仕事は確実にこなすぞ。それが報われる者のいない復讐であったとしてもな』
「了解。準備完了した。いつでも行けるよ」
青年の言葉に、通信相手の女性は頷くように間を置いた。
『頼んだぞ、オスカー』
「あぁ。行こう、アビィ」
オスカーと呼ばれた青年は、何も躊躇することなくその体を宙へ泳がせた。
落下の風が灰色の髪を撫でる。
先ほどまで眼下にあった大都市は、今や彼の頭上へ。
そして彼の眼下には大空ではなく――暗く閉ざされた機械仕掛けの天井が、どこまでも広がっていた。




