港町ヴィルポート
地平線に沈みゆく夕陽を眺めながら
セシルは煙草を吸い殻入れに押し付けた
「今日はこの辺で停泊しよう」
操舵室から出てきたデリックがアンカーを海に下ろして船を固定する
「そういえばアイツは?」
ずっと船を航行させていたデリックは、チャーリーの姿を見ていないと問う
「…少し前までそこで釣りをしてたな」
そう彼が指差す方には誰もいない
「まさか落ちちゃいないよな!?」
陸からだいぶ離れた海のど真ん中
こんな所で溺れたらただでは済まないと
デリックは慌てて海の中を覗く
しかし、彼の心配は杞憂であり
甲板の落とし戸が開いてチャーリーが頭を出した
「飯つくったよ!!」
部屋に降りるとキッチンにはちょっとしたお造りが並んでいた
「…これが料理だと…?」
生の魚を食べる習慣のないセシルは
魚のお造りを恐ろしい物を見るような目で見ている
「へぇ、なかなかやるじゃないか」
一方でデリックの方はそれをすんなり受け入れ
チャーリーの料理の腕を褒めた
「へへっ!俺は役に立つって言ったじゃん」
気をよくしたチャーリーはそんな風に胸を張り
2人を席に着くように促した
3人で食事をし、また明日は早いからとデリックは早々に席を立つ
「え、全員で寝るの?大丈夫なの?
父さんの船に乗ったことあるけど
誰かは1人起きてたぜ…?」
チャーリーの父親は漁師で、父と兄弟と海に出たと食事中に話したように
船上での生活に多少知識があった
「問題ない、コイツはただの船じゃないからな」
魔族の学者達が文字通りいじり倒した船だ
壊れた時に困るので、あまり変なことはしないようにとは言ったが
学者達は大丈夫だからと様々な機能を付け
ニュクテリスを離れる前に、実際に何度もテストを行なっている
「とにかく大丈夫だから
お前らもさっさと寝ろよ」
デリックは一度甲板に出て、固まった身体を伸ばすようにストレッチをした
夜の海には灯りは一つもなく真っ暗である
(…おっかないな)
そう感じて船室に戻る
キッチンには既に2人の姿は無く、部屋に入ったのだなとデリックも自室の扉を開けて変な声を上げた
「何で俺の部屋に居るんだ!」
「…何でって言われてもよ」
デリックの部屋に何故かセシルがいてくつろいでいるのである
「…この船、個室は二つしかないだろ?」
「あの子供に借りがあるのはあんただろう!?
どうして俺があんたと部屋をシェアしなきゃならない!?
あんたとアイツでシェアしろよ!」
「…それは良く無いだろ…」
「何でだよ!」
セシルは不思議そうな顔で怒るデリックを見る
「…むしろ、こういうのはお前の方が煩いイメージだったけどな
いくら俺がロリコン趣味はないって言っても
世間的にはアウト…違うか?」
「ロリ…?」
デリックの思考が止まり
暫く彼は動きを止めたまま考えた
ロリコン、ロリータコンプレックスとは
少女への恋愛感情ないし、そういった性癖を待つ者を指す言葉である…
「女…!?あいつ女なのか!?」
デリックから素っ頓狂な声が上がる
「…女だぞ?あの匂いは女以外の何者でもないな」
「おおい!そんな言い方するな!
センシティブな内容だぞ!?」
チャーリーと名乗った子供は、髪も短く少年のような服装と出立ちであったため
デリックはすっかり男児だと思い込んでいたが、その実は女児であったのだ
鼻の効くセシルは出会った瞬間からこの事実に気が付いていたため
まさか、デリックが気付いていないとは思わなかったようだった
「ああ…クソタレ!前言撤回だ!
次の港でアイツを降ろすぞ」
「…正気か?」
「当たり前だろう!?大人の男2人と赤の他人の少女がこんな密室に居たらダメだろう!」
デリックの主張は尤もだが
セシルは眉を顰めてこんな事を言う
「…お前はアイツが“女”だからってそういう気になるのか?」
「なるか!!フザケルな!」
「…なら、アイツにとって
今の所、この船程安全な場所は無いんじゃないか?」
天涯孤独の少女
本来守られるべき弱者が、この弱肉強食の世界に1人放り出されて無事で済むだろうか?
チャーリーが、男児のような格好をしている理由を考えれば一目瞭然である
「…次の港で本当に降ろすのか?」
「ーっ…!」
デリックは苦々しい表情を浮かべ
チッと舌打ちをし「…降ろせない」と呟いた
そして諦めたように大きくため息を吐くと
ベッドのふちに腰を下ろす
「分かったよ、俺の負けだ…」
デリックは両手をあげて降参の意を示すと、仕方なくセシルと部屋をシェアすることに同意した
「だが、ここは元々俺の部屋だ
ベッドは譲らない」
「…ああ別にいい、床に寝るから」
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海の上で4日過ごし
ようやく次の目的地である、ノロイーストの港町ヴィルポートへ到着した
ノロイースト領は元々漁業の盛んな領で
スノームースの領の中でも抜きん出て港町の多い地域でもある
半年前の大震災で、沿岸沿いの街は壊滅したが
漁業が主な収入源となっているノロイーストはその港町を何処よりも早く復興した
最初に訪れた港町タンパールよりも圧倒的に賑わっており
港に停泊している船もそれなりに居た
念の為にマーケットを覗いでみると
大災害が起こる前よりも確かに値段は上がっているものの
タンパールのような法外な値段でもなく適正価格と思われた
「…それでも豆1Kgで10エルクか」
セシルは店の前で唸り声を上げる
そんな彼を見た店主はこんな事をいう
「ノロイーストの港では大体この価格で買えるが、他の場所じゃ作物の類はこの倍はするぞ」
何でも、ノロイーストの前領主であるソフィ・デュモンが
大災害の後、スノームースの食料の殆どを生産しているワピチの領主に
何処よりも早く食料の供給を打診したらしかった
「あっちだって大変だろうにな
一体どうやって食料斡旋してもらったんだろうなぁ
噂じゃ枕だって言われてるぜナハハ!
ま、こっちとしちゃ助かるから
どんだけでも寝てくれって話さ」
ソフィはやり手の元女領主で
影では魔女だのやり手ババアだの散々な言われようではあるが
その力量は確かであった
「…どうする?」
「買っておこう、この次はマーゲイだ
あの国は国土も広くは無いし
主な産業は鉱石の類だ
食品の価値は必ず上がるだろうからな」
デリックは一先ず5kg買おうとしたが
チャーリーがそこに口を挟んだ
「なあ、見たところ豆を売ってる店はここの他に5件はあるみたいだけど
価格は何処も一緒じゃん?
何処で買っても同じだよな」
えっ?と驚いたような顔をする店の店主
するとチャーリーはニヤッと笑い続けた
「ここで買うメリットは何だろな
なぁ兄さん達、10kg買うから90エルクで売って欲しいって
他の店で交渉して売ってくれる所で買わない?」
彼女の言葉に店主は慌てたように
「10㎏90エルク」と被せてきた
それに対してセシルとデリックは顔を見合わせ
チャーリーは勝ち誇ったように笑ったのだ




