港町タンパール
ニュクテリスからタンパールまでは約3時間掛かった
タンパールの港は船の発着に問題ないくらいには復興されてはいたものの
停留している船舶は殆ど居らず
好きな場所に船を停めても文句ひとつ言われない有様であった
「…閑古鳥が鳴いてら」
「まあ、港が整備できたとして
どこの国もあの大災害からまだ立ち直りきれてないって事だろうな」
実際、この半年でクリスタルレイ城はまだ立て直しの最中で
王自体は上ベイリーの礼拝堂跡地に仮説住宅を建てて住んでいるし
クリスタルレイの城下街を囲っていた防壁もまだ半分も修繕が終わっていない
エルカトル領だけでも、半数以上の領民が死に絶えてしまった事で
圧倒的な人手不足に陥っているのである
かと言って獣人の手を借りようにも
城下街に住んでいた獣人達は、その前に起こった魔王討伐の騒動で虐殺され
友好関係を築いたスケイルメイトのリグマン達も、国を津波に襲われて他国を助けている余力はない
「みんな自分の事で一杯一杯だ
さて、タンパールからヴィルポートまではそこそこに距離がある
ここで必要な分の補給をしなきゃならない」
海の上で干からびたくないだろ?
なんて言いデリックは港町のマーケットへ歩いていく
「…具体的に何を買うんだ」
「保存が効くタイプの食料だな」
デリックは手帳を取り出すと、そこにサラサラと文字を書き、破って彼に渡す
「…ちっせぇ字」
「文字読めなかったか?」
「…ああ!?読めるわ!」
渡されたのは要するにお使いのメモである
豆を始めとする穀物類、乾燥肉などなど
そういったものを1週間分買うように書かれていた
セシルがそれをポケットに捩じ込むと
デリックはその分の費用を彼に渡した
「俺は俺で別の物を探してくるから、そっちは頼んだ
買ったものは積んでおいてくれ
じゃ、また後でな」
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元のタンパールはかなり大きな港町であったが、今では港町の規模自体を縮小し
民家自体も簡素な作りの物が取り敢えず建ててあるといった感じだ
波止場から少し歩いたところにマーケットはあり
そこでは船乗り向けの補給品を売っている店はもちろん
数は少ないが船で運ばれてきた物も売られていた
セシルは早速、デリックのお使いをこなす為に食料品を売ってる店を訪ねたが
そこの値札を見て、思わず「はぁ!?」と声を上げてしまう
4エルクもあれば1㎏買えた豆が
50エルクでやっと1㎏買えるほど高騰しているのである
「…おい!何だこの値段は!!
ぼったくりもいいとこだろが!!」
店の店主に怒鳴るセシル
「はぁ…あのなぁ、どこも物も人も足りてねぇんだよ
エルカトルじゃ豆は今や黄金の粒だ!」
豆を10㎏欲しいセシルは牙を剥き出して唸る
デリックは彼に食料を買うには多過ぎるくらいのお金を渡してくれていたが、流石にこの高すぎる豆を買うと
他の物は一切買えなくなってしまうのだ
「買わねぇなら、どっか行きな!
商売の邪魔ったらありゃしねぇ」
セシルは悪態を吐きながらその店を離れる
「…ふざけんじゃねぇぞ…」
文句を垂れながら別の店を覗くが
矢張り豆は高く、何なら全ての食料品が
災害前の何倍もの値段で売られていた
こんな物は買えるわけがないと
セシルは不貞腐れ、手ぶらで船に戻り
船の船首の部分に座っていたところにデリックも戻ってきた
「ああクソ!値崩れが想像以上にヤバいぞ
あんなに高くて誰が買えるんだ!?」
彼のその表情から、どうやらデリックもセシルと同じような目にあった事が伺えた
2人ともルッツがニュクテリスを手に入れた後、割とすぐにそこへ移動していた
この島国では、魔族の魔術学者達がこぞってあれこれしたお陰で
大災害の後だというのに、今日まで衣食住に困ることはなかったし
ニュクテリスでは、こんな横暴な値段で取り引きはされていないのだ
「見通しが甘かったか…」
デリックは舌打ちし、計画の変更をしなければと船に戻ろうとした
「…おい、食えるなら何でもいいか?」
「何でも?それって生ものでもってことだろう?
魔族が勝手に積んだ“アイジングボックス”とかいうのを信じるなら
生ものでも多少は保たせられるらしいが…」
「…ちょっとその辺の森に入って動物を獲ってくるってのはどうだ」
「まあ、こうも高くちゃどうにもならない
そうするしか無さそうだな」
デリックには船に残るようにいうと
セシルは1人でさっさと動物が居そうな森の方へ走って行った
動物を狙うのは難しい
魔物とは違い、向かってこないどころか
気配を悟られれば直ぐに逃げられてしまう
ウェアウルフの嗅覚を最大限に利用しながら獲物の匂いを辿り
鹿を一頭仕留めた頃にはもう日が暮れ始めていて
セシルは殺した鹿の血液を素早く抜き
冷やすために一度近くの沢に投げ込んだ
充分に血も抜けて冷えた鹿を担ぎ
デリックの待つタンパールの船へに急ぐ
もうすっかり日の暮れた港町には
街灯は無く、家々の窓から漏れる明かりが街灯代わりになっていた
暗闇でも目の効くセシルにとって
この暗さはどうということはないのだが
暗いところには“悪いもの”が潜んでいるものである
こんな街中にいるような小悪党に負ける気はしないセシルだが
相手が人間となると、殺してしまってはマズイとトラブル自体を避けるように努めた
しかし、もう後少しでデリックの待つ波止場だというところで
セシルはごろつきに絡まれてしまう
「おーおー、良いもん待ってんなぁ…」
良い物とは鹿の死体のことだろう
5人の男達に囲まれたセシルはチッと舌打ちをした
「怪我したくないだろ?
今じゃちょっとした薬や奇跡の費用だってバカ高い…
そいつをそこに置いたら見逃してやるぜ」
男達はナイフ等の刃物をチラつかせる
「…挑む相手は選んだほうがいいぞ」
セシルが凡そ人間の出す音とは思えない様な威嚇の唸り声をあげた時
暗闇から何かが投げ込まれ、閃光を発した
ーギャッ!!
その場に居た全員の視界が奪われる
光に目が眩んだのはセシルも同じで
鹿を背負ったまま混乱したが
服の裾を引っ張られ「こっちだ!」という声に導かれその場から離れた
「あんた大丈夫か?」
「…お前は…」
やっと視界が戻ってきたセシルの目の前には、10歳前後の子供が立っていた
「この港町、夜になると危ないから外歩かない方がいい
あんた昼間に小さい船で来た人だろ?
あいつら、マーケットの連中の仲間で
法外な値段で物を売り付けて
夜になったら襲って商品を取り戻して、またマーケットに並べるんだぜ」
聞いてもいないのに子供はそんなことをペラペラとセシルに話す
「…チッ…治安が地の底いってんな…
お前はここに住んでんだろ
そんなこと俺に喋っていいのか」
「俺はああいう事して儲けてる奴ら嫌いだから…
てか、普通に犯罪じゃん」
セシルは担いでいた鹿を地面に下ろし、足を一本切り取ると子供に差し出した
「…お前のお陰で無駄な事をせずに済んだから、その礼だ」
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「随分と遅かったな」
夜の23時を回る頃にやっと帰ったセシルを見て、デリックは目を細めた
「…魔物狩るのと勝手が違ってよ」
持ち帰った鹿は直ぐに部位ごとに解体し“アイジングボックス”へ入れた
「悪かったな、まあ持ってきた穀物類も少しはあるし
2人で20㎏ぐらいなら1週間何とか持つだろう」
出航は明日ということで2人は休むことにする
操舵室を出て、甲板の落とし戸を開けてデリックが下に降りていく
それについてセシルも降りると
そこは外から見た容積よりもずっと広い空間が広がっていた
「…やけに広くないか?」
「魔力の部屋だったか?
あんたのご主人が船室を広げていったんだ
魔法って奴はホントご都合主義だよな」
個室が二つあり、それはまるで
始めからセシルがデリックについて行くことを想定していたかのようである
何だか腑に落ちなかったが、今ここでマルクスについて抗議したところで何にもならない
黙ったまま割り当てられた部屋に入り、ベッドに転がるのだった




