魔物使いへの一歩目
アダマント製のワイヤーに身動きを封じられたセシルは、ギラついた目でデリックを睨み
鋭利な牙を見せ付けるように舌舐めずりをした
「お前…またお前か…邪魔ばかりしやがって」
セシルの口から発せられる言葉は
声音は同じだが、どこか別人のようだ
「邪魔なんてしていない
あんたの偏食を止めた覚えはないからな」
「喰ウ全部喰ウ…ハハハハ」
理性を欠いた開ききった瞳孔の黒い穴が3人を映している
「…チッ」
話ができる相手ではないと理解したデリックは、対話をやめ
代わりに持ち歩いていた別のアダマント製のワイヤーと手枷、足枷を取り出した
・
「彼は一体何者なんだ…!!」
ベースキャンプに戻ったロケは
逃げられないように厳重に縛り上げ、セシルを転がしたデリックに詰め寄った
「俺の仲間だよ」
「そう言うことを聞いてるのでは…!」
「セシル兄ちゃんは…仲間だ…」
グロウジェムの灯りの前で膝を抱え座り込むチャーリーは泣き出しそうな声で言う
「…俺のこと…船に乗せてくれた…
俺に色々教えてくれた…本当は優しい…うぅ…」
彼女はセシルの豹変ぶりに泣き出してしまった
「あんたには理解し難いかも知れないが
アイツは確かに俺達の仲間だ
ただ今は少し混乱してるみたいでな
…自分を見失っちまってる」
自分でもなんて言い訳だと笑えてきたが
魔女の呪いで魔物化した人間だとは
最近知り合ったばかりの2人を、信用していないためにできなかった
「混乱ったって…どうするんだ?
この状態の彼を連れて帰る気か?」
100mも無いかもしれない、そんな場所から
暴れるセシルをこのベースキャンプに連れて来るのにも苦労した
そんな彼をニュルビニーまで引きずって帰るのはまず無理だろう
「…俺に考えがある」
暫く腕組みをして考えたデリックはそう言うと、ロケにセシルの見張りを任せ
1人クリーパーの背中に乗った
「ど、どこ行くんだよ…!?」
チャーリーは置いて行かれるとでも思ったのか
怯えた様子で声を上げたが、デリックは今日中には帰ると言い残し
クリーパーに崖を登らせた
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「…緊急事態?それとも、気でも迷った?」
「どちらかといえば、緊急事態だな」
1人でヘリッシュパインから離脱したデリックは
その崖の上に建つ避難小屋の扉を叩いていた
小屋にはまだアリーナが滞在しており
1人で来た彼を訝しげに見つめている
「ウェアウルフにでもやられた?」
「…いや」
その魔物の名に、デリックは眉を顰める
どう考えてもセシルの事だろう
「最近この辺りでそれはそれは強くて美しい狼の魔物、いや魔獣かも知れない
とにかくウェアウルフが出る
私はその子を探してる…ヘリッシュパインの底を根白にしていると思ってたけど見てない?」
彼女はデリックの反応を伺うように言うが
デリックは知らないなと答えた
「見当違いか…まあいい
この辺に居るのは確かだし
それで、他に緊急事態というと?」
「あんたテイマーだって言ってたな
俺にテイムを教えてくれ」
急に教えを請われアリーナは当然変な顔をする
「それ、私に何のメリットがある?
というか、何で急にテイムを学ぼうと思ったの…おかしくない?」
「…俺は技師だ
有用な魔物を見つけたがソイツを殺さずに連れて帰る方法を身に付けたい
もちろん金は払う」
彼の言葉にアリーナは更に眉を潜めた
「本当の目的は何…?」
彼女が警戒心を強めたのに対し、デリックは案外馬鹿じゃないんだなと
少々面倒くさそうに頭を掻きつつ言葉を添えた
「なあ、俺は当初の目的は達成したんだ
こんな辺境まで来といて、それだけで帰るなんて勿体無いだろう
あんたがここに居座るのも、ここまで来たなりの成果が欲しいから、違うか?」
アリーナは目を細くして頬杖をしたまま聞いていた、そして少し考えた後
一体何を使役したいのかと聞いた
「グリーンジャム」
「グリーンジャムなんてそこら中にいる」
“グリーンジャム”はスライムの一種だ
濃い緑色で粘性の高い身体を持ち、森林に生息する
そこまで珍しくないスライムの名前にアリーナは立ち上がり
自分の影の中から、彼女の使役するシャドウマンバという魔物が鎌首をもたげた
「あんた下に行ってないから分からないだろう
下のグリーンジャムはその辺に居るのとは見た目にも違う
奴ら、苔を食べて上質な油を生成する
機械のギミックには丁度いい良質なグリスだ」
「…嘘をついているなら今すぐ認めて出ていけ
この魔物の毒に解毒剤は無いよ」
「本当だ」
実際、デリックの言うグリーンジャムは存在しているので嘘ではない
「ただ、普通に捕獲しようとすると奴ら自壊する
テイムの仕方を教えてくれ」
猛毒の毒蛇の魔物の前でも怖気付かない彼にアリーナは遂に折れた
「…はぁ…分かったわ…
でもテイムを覚えた所で自壊するような相手、連れて帰れない可能性が高い
…できなかったからって苦情は受け付けないわ
それに、私から学ぶとして
そうそう簡単に魔物を支配下になんて置けない
初めてなら尚更、何百匹潰してやっと一匹手に入る…そのくらい大変なの理解して」
いい?という彼女の確認に頷くと
アリーナはシャドウマンバを影に戻し手招きした
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グロウジェムの灯りが崖の上からゆっくり揺られて降りて来るのを見たチャーリーは
捕まえていたブドウ虫を放した
「…帰ってきた…!」
底に辿り着いたクリーパーから降りて来た彼にそんな声が掛かる
「帰るっていっただろう?」
その騒ぎを聞きつけたロケもやって来た
「それで…どうするんだ」
「まあ任せろ、ただ少し時間がいる」
デリックはそう言うと
自分とセシルをここに残して
2人には崖の上の避難小屋へ移動するようにと指示した
「何で…!?今度こそ置いていく気か!?」
チャーリーはごねたが違うと言い
デリックはロケにそこそこの金額の入った麻袋を渡す
「ソイツと避難小屋で待っててくれ」
仕事だと言いたいのだろう
ロケは物言いたげに一瞬唇を動かしたが
分かった、と言うと嫌がるチャーリーを無理やりクリーパーに括り付け、崖を上がっていった
「…さて」
クリーパーに揺られるグロウジェムの灯りを見送り、デリックはセシルの前まで歩いた
手足を拘束された上で、腕や足まで動かせないように
アダマント製のワイヤーでガチガチに体の自由を奪われた彼は、デリックに対して牙を剥き出し唸り声を上げた
そんな彼の様子に、ふぅ〜…と長く深い溜息を吐き、ぐるりと肩を回したデリックは
普段よりも1トーン低い声で言った
「話し合おうか」




