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渇き

早朝、まだ完全に夜が明けきる前から起き出したデリックは

部屋にセシルが居ないのを確認してから

身だしなみを整え、船上へと出た


地平線からゆっくりと登る朝日を背にし

黒い影が甲板の上に佇んでいる

「おい…」

「…なんだ」

声をかけるとその影が僅かに揺れて返事だけが返ってきた

影の感じからしゃがみ込んでいるのだろう

その強烈な臭気から、何となく分かってはいたが

日が高くなるほど、徐々に辺り一面が血の海である事が鮮明に分かるようになっていく

セシル自身も頭から爪先まで魔物の血液で真っ赤に染まっていた

「酷い有様だ、あの娘が目を覚まして来る前に片付けないといけない」

それにしてもクセェなとデリックは足元に転がっていた翼竜の頭を蹴った

甲板に広がった魔物の肉片を集めて海に投げ入れていく

その時にふとその肉片の損傷の仕方に目がいった

「なあ、これ美味いのか?」

鋭利な刃物で切り裂いた損傷に混じる、噛みちぎった痕跡

セシルが魔物の類を食べるという事は前々から知っていたが

食料の入手しずらさから、デリックは魔物肉の食用利用を考えたのだ

「…人間でいたいなら、それを食うのはやめとけ」

立ち上がったセシルは、ポケットから煙草を取り出し船の欄干に腰を下ろした

「これを食べると魔物になるとでも?」

「…全く無関係じゃないらしい

…それに、クソマズイぞ」

魔物というものは、元は魔物では無かった者も多い

特に人間領にいる個体については、ニゲラなどで魔素が蓄積するか

魔素の蓄積した別個体を食べる事で、魔素を生物濃縮させていった者が一定の確率で成るものだ

人間が魔物を食べるという行為は

魔物に近付くといって過言ではない

これはモンロルナラに聞いた事であるので間違いはないだろうとセシルは言う

「…ケッ…こんなクソマズイ物…

俺だって別に好んで食ってるわけじゃねぇよ

元々コイツを食わなきゃどうにかなりそうだったんだ…」

そうしなければ、人間を襲って空腹を満たしてしまう

そんな危機感が今も昔もセシルにこの異常行動を取らせている

それが人間でいたい彼を、最も人間から遠ざける行為と分かっても尚だ

「そうか」

「…お前は魚で我慢してろ

後はまあ、これとか売れるんじゃねぇか?」

セシルは自分がぐちゃぐちゃにした

魔物の死体から錬金素材として売れそうな部位を抜き取り差し出した

「あー…全体的に不衛生だ

日が登っちまう前にとにかく片付けよう」

血みどろのドラゴンの胆嚢の受け取りを拒否して、デリックは甲板の上の肉片を一気に海に落としていった



「いい天気!…なんかめっちゃ生臭いな…」

日が完全に登り、朝が来た頃チャーリーが船上に出てきた

数分前まで血や肉、内臓に溢れていた甲板の臭いまでは落とせなかったので

彼女は変な顔をしながら辺りを見渡していた


夜間も自動走行していたお陰で、かなり移動距離を稼いだ船は

マーゲイ近辺のあの死を意識する程の暑い地域からは既に出ていた

これなら昼間に魚を釣れるとチャーリーは安堵し、操舵室へ行く

「あれ?セシルの兄ちゃんは?」

「アイツは寝てるぞ」

船内の共用スペースには居なかったので、てっきりここかと思ったのだが

セシルは夜通し1人で戦闘に明け暮れていた訳で、甲板清掃が済むと「寝る」と一言残して部屋に帰って行ったという

「なんだ、つまんねーの」

昨晩のことを聞こうと思ってたのにと言いながらチャーリーは操舵室を後にし

夕方まで延々釣りに興じた


朝はチャーリーが釣りをし、夜はセシルが魔物を狩る

デリックは船が正しく進んでいるかを定期的に確認修正し、船を整備しつつ

マーゲイで手に入れた鉱石類でアライバル探索の準備を進める

そういうルーティンが出来上がり

3人がすっかり船上生活に慣れた頃


ソレは訪れた


いつもの様にセシルは魔物を狩りに夜の船上へ出た筈だった

真夜中、眠っていたデリックは不意に気配を感じ目を覚ます

寝台の隣に立つ人影に一瞬驚いたが

直ぐにそれがセシルだと分かり文句を言った

「オイ、…何だよ

用事があるなら声を掛ければいいだろう

黙って見下ろして気味の悪い…」

身体を起こそうとした瞬間

首を鷲掴みにされて寝台に力強く押さえ付けられた

「…んぐっ!…ぐっ…」

急な事でガードも出来ず、押さえ込まれたデリックは苦しさに呻き声をあげる

自分の首を掴むセシルの手から何とか逃れようと、両手で首を掴む手を引き離そうとするも

彼の圧倒的な筋力の前に歯が立たない

首を圧迫される事で酸素欠乏症に陥り、思考がふわふわとしてきたデリックは

このままでは締め殺される!

そう思ってとにかく暴れた

『…無駄だぞ人間…ハハハ!

やっと自由になれたんだ、ゆっくり楽しまさせてもらうぜ』

首を絞める彼は確かにセシルだが

デリックは違和感を感じた


そういえばと脳裏にニュクテリスを出航して間もなく彼の言っていた事を思い出した

“魔物に乗っ取られるらしい”

彼が最後に主人であるジョージ・マルクスの血液を啜ったのがいつかは分からないが

ニュクテリスを離れてから随分と時間が過ぎているのは確かだ

デリックは咄嗟にセシルの腰ポーチ、マジックバックに手を突っ込んで

“マルクスの血液の入った小瓶”を取り出し

震える手でセシルの目の前に突き出した


『…ソレは…!』


取り上げられて捨てられる可能性もあったが

セシルはデリックの首から手を離すと

彼から小瓶を奪い取り舌なめずりして、小瓶の中の血液を一気に口に流し込んだ


解放されたデリックはゴホゴホと咳き込みながら枕元に置いていた銃を手に取り

這う様にセシルから離れ、エーテル弾を装填して彼に向けた

次向かってきたら撃つつもりで、安全装置も外して…

しかし、血を飲み干したセシルは

そのままゆっくりとその場に蹲り、ガタガタと震え始めたのだ


何かの罠かと暫く様子を見ていたデリックだが

銃を向けたままゆっくりと近付き耳を澄ませる

「…違う…!…違う…!…違う…!」

彼は震えながら呪文の様にそう繰り返している

「…オイ」

デリックが銃を向けたまま彼に声を掛け、その肩に触れると

ビクッと身体を強張らせたセシルの見上げた顔は、彼を魔物に変えた魔女に会った時の様にくしゃくしゃになっていた


部屋の隅に縮こまるセシルに、デリックは温めた酒を渡した

暫くは互いに言葉を発さず静かな時が流れたが、落ち着いてきたのか

セシルの方から俯いたままポツリポツリと言葉をこぼした


最後にマルクスの血液を摂取してから、約束の1ヶ月まではまだ数日余裕があったこと

日に日に昔の様に殺人衝動が首をもたげてきていたこと

デリックを…美味しそうだと思ってしまったこと…


嗚咽を漏らしながら、独白するセシルは

普段の威勢は何処にもなく、消えてしまいそうな程に弱々しい 

「…やっぱり…俺は…魔物なんだ…

…俺は…俺は…」

死ねばいいと自分を呪う彼をみていらなくなったデリックは盛大な溜息を吐いて

今出来たアザのある首をさする

「まあ何だ…次、気を付ければいいんじゃないのか

少なくとも、俺みたいなジジイを美味そうなんて思うくらい飢える前に血を飲むとか」

彼の境遇は事前に聞いている

否定も肯定も違うと考えたデリックは未来の話だけをした

「今夜は船の防衛システムに頼ろう

きっと疲れてるんだ、もう休んじまえ」

な?と返事をしないセシルに語りかけ

デリックは銃を真横に置いて寝台に再び寝転がった




この時もし一瞬でも、翌朝セシルが消えているかも知れないと想像する事が出来ていたら

また違った未来が待っていたのかも知れない…

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