出航
「本気でついて来るのか?」
小さな木造船の前で、麻袋とマジックバック、得物のナイフだけと
かなり身軽な格好で現れたセシルに対して
デリックは最終確認を取った
「…ああ、行くから来たんだろ」
「ご主人様は良いって言ったのか?」
「…やめろよソレ…好きでアイツの眷属になった訳じゃねぇ」
人間が使徒の支配から解放されて半年
あの突然のニゲラの中で、ダスカの小屋に居たデリックは
以前のニゲラによって、小屋で死に掛けた事を教訓に
自分が滞在する可能性のある全ての拠点に非常用の準備を施していたために生き残ることが出来ていた
その後は、セシルによってニュクテリスに暫く身を寄せ
コツコツと作っていた木造船が完成したことで、今日ニュクテリスから旅立とうとしていたのだ
それを聞きつけたセシルが、着いて行きたいと言ったのは昨日のこと
「後で帰りたくなっても送ってやれないぞ」
なんて言いながらも
先に船に乗り込んだデリックは、セシルに手を差し出した
小型の木造船とはいえ“職人”であるデリックが本気で造った船だ
2人くらいなら数日船上で暮らすのも不自由しない程度の装備が備わり
ニュクテリスの魔族学者達が、面白がって多彩なバフを施したため
中型船舶並みのおかしな性能の船になっている
出航には彼ら学者達が見送りに来たが
そこにマルクスの姿はなかった
沖に出た船は、まずスノームースのエルカトルに一番近い港を目指して進んでいる
ニゲラの大震災で世界中の港町は悉く壊滅してしまったが
クリスタルレイに一番近い港街であるタンパールはこの半年のうちに復興が進み機能しているのだ
デリックは船の舵をとりながら、経路についてセシルに話した
「タンパールで補給、そこからノロイーストのヴィルポート、マーゲイのトアイフォースに行く」
広げた世界地図の該当箇所を指で順番にトントンと叩き、マーゲイから指はスッと滑り
“アライバル”と書かれた大陸を指した
「最終的にアライバルに行きたい」
「…そこに何があるんだ」
「カルディアイト」
デリックが言うには、非常に希少な宝石で
1gに満たないほんの小さな石ですら豪邸が建つほどの価値があるという
「…宝石…?あ、分かったぞ
あんときのすず…あー女だ、あの女にプロポーズか?」
「アントジズスか?
違う違う…魔族の女に興味はない」
彼女は全くの無関係でもないがとデリックはカルディアイトの使い途を説明する
「宝石の中に魔力が宿るって話は聞いたことあるか?」
アントジズスはニュクテリスに移住してきた魔族の女性であり
彼女もまた魔術を研究する学者の1人であった
そんな彼女とデリックが知り合う事になったのは、この船のエンジン部分を作っていた時だ
アビス式の魔術と工作技術の合わせ技を使ったそれを見たアントジズスはひどく関心し
そして、彼の技術を一頻り見た後こんな話をしたのだという
“物に命を宿せる宝石がある”と
「…それがカルディアイトってやつなのか?」
「ああ、俺はこれを手に入れて
自分の意思で動く機械を作りたい」
「…テメェの銃に殺されるのが夢ってことか」
「いやなんで銃に組み込むと思った?」
デリックは機械が自分で考え動けるようにする事で、人間の生活をより豊かにするというが
セシルはそれなら、ゴーレムで間に合っているだろうと返す
「それは…結局、プログラム通りにしか動かないだろう?」
「…なら奴隷でいい、獣人なら安く闇市で手に入る」
成る程これはカルチャーギャップかと
デリックはそれ以上この件を話すのは無駄だと話を切った
「あんたは、どうして俺に着いてこようと思ったんだ」
「…魔女を殺すためだ
あそこに居たら魔女に会うことも出来ねぇ
狂宴の魔女を殺さないうちは…死ねねぇ」
デリックはヴィシャスの道で会った魔女の事を思い出す
セシルの妻子の仇であり、その魔女を殺すためだけに今日まで彼は生きてきた
「成る程な、まあ止めはしないが
七日で何とかなる話じゃないだろ」
「…ノーシルプのことか?
解放されたから強制送還される心配ねぇよ」
使徒により深刻なダメージを受けたシェアハウスノーシルプは解体され
ニュクテリスにあるノーシルプは新しく作られた物だった
元々の住民達はやむなく解放された為
セシルはノーシルプには戻らず、ニュクテリスに移り住んだ者たちで建てた、適当な小屋に住んでいた
中にはそのままノーシルプに住み続ける者もいたが
少なくとも、セシルとマルクス、ルッツはアパートからの解放を選んだのだ
「…ただ、まあ…お前に言っとかないといけない事がある…」
セシルはそう言うとマジックバックを漁り、中から小瓶を2本取り出して見せる
10㎝程の小瓶の中は赤い液体に満たされている…
一見ポーションに見えるこの小瓶だが
「…ジョージの血液だ」
「はぁ!?」
マルクスとセシルの中の魔物が契約を交わし
2人は主従関係にある訳だが
その契約があるからこそ、セシルの中の魔物が大人しくなりセシルが人間的でいられる
そして、契約の内容は
マルクスに従い、人として振る舞う代わりに
濃い魔力の含まれたマルクスの血液を月に一度飲むというものだった
「…取り敢えず2本、まあ2ヶ月分だ」
「飲まなかったらどうなるんだ」
他人の血液を飲むという強烈なワードに目一杯嫌な顔をしながらデリックは質問した
「…魔物に乗っ取られる…らしい…」
「マジかよ…」
「…ジョージの召使いが言ってたんだが
一つの身体に魔物の意識と人間の意思が混在してるってのが変だっていうんだよな」
セシルを診たモンロルナラには、このままでは良くないので
なんらかの方法で身体の中の意識を一つにするべきだと言われたと言う
「…テメェの分からないものを俺が分かるわけねぇよな
そう言う意味でも、狂宴の魔女を見つけなきゃならねぇ」
「へぇ…魔法はよく分からんが、なんだか複雑そうな話だな」
深刻そうなそして何か固い決意のようなものを感じられるセシル表情を見て
デリックは、はぁとため息を吐いて海に目を向ける
「まあ、俺の用事に付き合ってくれるなら
お前の用事も手伝ってやるから
そんな難しく考えるなよ」




