第九十七話「ディリークラウンカップ・レース後控室」
レース終了後、白雷ジムの控室には、静かな空気が流れていた。
フリアノンは椅子に腰かけたまま、タオルで額の汗を拭っている。まだ呼吸は少し荒い。先ほどまでのレースで、心身の限界まで追い込んだ余韻が残っていた。
「ノンちゃん、お疲れさん。よー頑張ったなあ」
ミオが優しく声をかける。氷嚢を手渡されると、フリアノンは小さく「ありがとう」と呟いて、首筋に当てた。
「……わたし、届きませんでした……」
声はか細かった。悔しさがにじむ。
「そら、届かへんこともあるわ。レースは毎回同じ展開になるわけちゃう。今日はクロエが強かった。それだけの話や」
ミオは笑いながらも、その目は真剣だった。横で腕組みをしていた村瀬も口を開く。
「ノン、あの展開でよくあそこまで詰めた。確かに今日は負けたが、内容は悪くない。むしろ、よう追い込んだ」
「……はい……」
フリアノンは俯いたまま、クロエの背中を思い出していた。いつもは最後の直線で沈む彼女が、今日はゴールまでしっかり伸びていた。ヴェルナーの指示も的確だったのだろう。
「やっと……勝てた……って……クロエちゃん、泣いてました……」
呟いた言葉に、ミオも村瀬も黙り込む。
その時、控室のドアがノックされ、クロエが入ってきた。すでにレーススーツを脱ぎ、薄手のジャージ姿になっている。ヴェルナーが後ろで静かに見守っていた。
「……あんたに、言いに来た」
クロエは少しだけ頬を赤くしていた。
「今日は……あんたに勝てて……すごく、すごく嬉しかった。やっと、肩並べられた気がしたから……」
フリアノンは驚いた顔でクロエを見つめる。クロエはふっと視線を逸らした。
「でも……次は負けないから」
「……はい……わたしも……次は負けません……」
二人は見つめ合い、小さく笑った。ヴェルナーも満足そうに頷く。
「よし、クロエ。戻るぞ。身体冷やすと風邪を引く」
「……はい。じゃあね、フリアノン」
クロエは手をひらひらと振ると、ヴェルナーと共に控室を後にした。
静かになった部屋で、フリアノンは氷嚢を外し、小さく息を吐いた。
「……負けたのに……なんか、悔しいだけじゃないです……」
「そらそうや。ライバルがおるいうのは、ええことやで」
ミオが笑い、村瀬も頷く。
「ノン、これから秋は長いぞ。ディリークラウンカップはまだ始まりや。次の皇帝杯(秋)、クイーンズカップ、アースグランプリ……全部挑むんや」
「……はい……!」
フリアノンは椅子から立ち上がった。小さな体に、静かな闘志の炎が灯っている。
――絶対、負けない。
心の奥でそう誓いながら、フリアノンは控室の窓から見える秋空を見上げた。




