第八十六話 皇帝杯(春)本戦
春の陽光が木星圏競技場を照らしていた。
春の皇帝杯。シニアクラス最高峰のタイトル戦を制すべく、各ジムのエースたちが今、スタートゲートに並んでいた。
出走メンバーは、ガルディアス、ラディウス、クロエ、アスティオン、そしてフリアノン。
それぞれのナビゲーターが、最後の確認を行っている。
「ガルディアス、スローで逃げるぞ。イオカップみたいに、後ろを牽制しろ」
シグマが冷静に指示すると、ガルディアスは大きく頷く。
「おうよ、任せろってんだ!」
一方、ラディウスのコクピットでは、玲那が眉をひそめていた。
「……またスロー逃げか。あいつにペース握らせたら面倒になるわ。ラディウス、スタート後すぐにガルディアスの背中に張りつきなさい」
「え、追い越すんじゃなくて?」
「せっつくのよ。プレッシャーかければ無意識にペースが上がる。わかった?」
「お、おう……わかった!」
ラディウスはやや不安げに返事をした。
そしてクロエは、冷たい視線を真正面に向けながら、落ち着いた声で呟く。
「ヴェルナー、今日も後ろでいいの?」
「あぁ。今回も、フリアノンをマークしろ。あいつは必ず来る」
「……了解」
クロエはスロットルレバーに手をかけた。
隣ではアスティオンが深い呼吸を繰り返している。
「ユリウス、今日はどんな指示だ」
「最内を回って、最短距離で直線勝負だ。アスティオン、お前なら出来る」
「了解した」
そしてフリアノン。
コクピットで小さく震える彼女に、ミオが優しく笑いかけた。
「ノンちゃん、いつも通り最後尾でええからな。自分の走りを忘れんなや」
「はい……ミオさん……!」
ユリウスも別チャンネルで声をかけてくる。
「大丈夫だ、ノン。いつも通り行けば、お前は勝てるよ」
「はい……!」
ゲートが閉まり、発走のファンファーレが鳴り響いた。
――スタート!
轟音と共に、五機のサイドールが一斉に飛び出した。
ガルディアスはすぐに先頭へ飛び出し、スローなペースで隊列を引っ張る。
「へっへっへ、このペースで……」
しかし、その背後にピタリと張り付くラディウス。
「ほら、もっと飛ばせよ!」
「ちっ……うるせぇな……!」
ラディウスの存在が無言の圧となり、無意識にガルディアスのスピードが上がっていく。
(あっ……ペース上がってる……!)
玲那は口元に笑みを浮かべた。
「ふふ、作戦通り……!」
後方では、ユリウスがモニターを確認してほくそ笑む。
「よし……いいペースになった……アスティオン、このペースなら持久戦じゃない。チャンスだぞ」
「了解」
クロエは最後方からフリアノンを鋭い視線でマークしていた。
「今日もあなたには負けない……!」
「……クロエさん……」
フリアノンは息を整え、頭の中でレース展開を組み立てていた。
(ペースが速い……最後はバテる……わたしは最後まで脚を残す……!)
レースは三分の二を消化し、最終コーナーへと差し掛かる。
「ガルディアス、もっといけ! ここでペース落とすな!」
「うっす……うおおおおおっ!!」
だが、ガルディアスの声には疲労が滲んでいた。
最終コーナーを立ち上がったところで、ガルディアスの速度が落ちる。
「今だ、ラディウス! 一気に交わせ!」
「よっしゃあああ!!」
ラディウスがガルディアスを抜き去り、トップに立つ。
「ハハッ、俺がトップだあああ!!」
しかし――その横を銀色の閃光が駆け抜けた。
「アスティオン、最終加速!」
「了解!」
アスティオンがラディウスを一瞬で交わし、トップに立つ。
「なっ……は、速ぇ……!」
玲那が歯噛みする。
(くっそ……!)
そして――
「ノンちゃん、ここからや!!」
「はいっ……!!」
フリアノンが追い込みを掛けた。
最後方から一直線に伸びる彼女の機体。
(届く……! 届く……!!)
その後方からクロエも加速する。
「クロエ、今だ!」
「わかってるわよっ!!」
クロエがフリアノンの外から並びかける。
最終直線、アスティオン、フリアノン、クロエの三機が横一線に並んだ。
「行けぇぇぇぇっ!!」
「ノンちゃん、あと少しや!!」
「クロエ!! 抜け!!」
「うあああああっ!!」
ゴール板を駆け抜ける三機――
場内がどよめきに包まれた。
電光掲示板には「PHOTO」の文字。
(わたし……勝った……の……?)
固唾を呑む観客、関係者、ナビゲーターたち。
数分後――
『1着、フリアノン! 二連覇達成!!』
場内に響く実況の声。
直後、白雷ジムのピットは歓声に包まれた。
「ノンちゃん! やったでぇ!! 二連覇や!!」
「わ……わたし……勝った……!」
涙が頬を伝う。
モニターには、ゴール前でクロエとアスティオンを僅かに抑えたフリアノンの姿が映っていた。
春の皇帝杯――
フリアノンは、その名を再び木星圏の歴史に刻んだ。




