第八十五話 スパーリング・デイ
春の皇帝杯まで、残りわずか。
白雷ジムの調教場は、朝から活気に満ちていた。
今日は、クロエとアスティオン、そしてフリアノンによる合同スパーリングの日だ。
「ほな、今日のメニュー言うで!」
ミオがホワイトボードにマーカーを走らせる。
書かれた文字を見て、フリアノンの顔がこわばった。
「……スパーリング……?」
「せや。今日はクロエとアスティオンと一緒に、三頭併せや。皇帝杯に向けて、実戦形式で感覚磨くで!」
ミオの言葉に、クロエが静かに髪をかき上げる。
「フリアノン、あんたに遅れは取らないわよ。今度は勝たせてもらうから」
その表情はいつもの冷たさではなく、決意に燃えていた。
一方、アスティオンは無表情でフリアノンを見つめた。
「無駄な力みは排除しておけ。今日は負荷調整も兼ねる」
隣でユリウスが微笑む。
「アスティオン、クロエ、フリアノン、三人とも集中してな。今日は各自の長所を活かす走りを徹底してもらう」
「はい……!」
フリアノンは胸を押さえた。
緊張で心臓が早鐘を打つ。
(負けたくない……でも……怖い……)
スタートゲートに並ぶ三人。
クロエは前脚を軽く屈伸させ、身体をほぐしている。
アスティオンは静かに目を閉じ、呼吸を整えていた。
「スタート!」
ミオの声が響くと同時に、三頭のサイドールが一斉に飛び出した。
最初に飛び出したのはクロエだ。
先行力を活かし、コースのインを滑るように走る。
「クロエ、前半は飛ばしすぎないように、呼吸を意識して!」
ヴェルナーの落ち着いた声が響く。
「わかってるわよ……!」
一方、アスティオンは最内をピタリと回り込み、効率のいいライン取りをする。
「アスティオン、そのまま波動出力をキープ。無理に抜こうとするな」
「了解した」
そしてフリアノンは――最後尾からじわじわと加速を始めた。
(クロエさん……アスティオンさん……! 負けない……わたしも……!)
直線コースに差し掛かったところで、ミオの檄が飛ぶ。
「ノンちゃん! ここからや! 追い込み行けぇ!!」
「……はいっ!!」
フリアノンは全身から念動波動を解放した。
推進波がコースを震わせ、風圧が頬を叩く。
一気にクロエとの差を縮める。
「クロエ、外から来るぞ! 脚ためろ!」
「わかってるって……!!」
クロエも加速するが、フリアノンの勢いは凄まじかった。
一瞬で彼女の横に並びかける。
「アスティオン、インを守れ。そのまま抜かせるな!」
「了解した。推進波、3%上昇」
アスティオンも内側から加速し、三頭は横一線に並んだ。
(すごい……! 二人とも……!)
フリアノンは感激した。
こんなに激しいスパーリングは久しぶりだった。
「ノンちゃん、まだいける! もっと波動上げろ!」
「はいっ……!」
残り100メートル。
クロエ、アスティオン、フリアノンの三頭は互いに一歩も譲らない。
「クロエ、もう一段階!!」
「くっ……行くわよっ!!」
「アスティオン、最終加速!」
「了解」
三者三様の推進波がぶつかり合い、コースに轟音が響く。
まるで本番さながらの迫力だった。
ゴールラインを通過した瞬間――
「……はぁ……はぁ……」
フリアノンは肩で息をしながら、二人の方を見た。
クロエもアスティオンも、汗に濡れた額を上げ、互いを見つめている。
「ノンちゃん、ええスパーリングやったで!!」
ミオが駆け寄り、満面の笑顔を浮かべた。
「三人とも最高や。これで皇帝杯、戦えるわ」
フリアノンは息を整えながら、クロエに微笑んだ。
「クロエさん……すごかったです……」
「……あんたもね。でも、次は負けないわよ」
淡い微笑みを見せるクロエ。
そしてアスティオンも小さく頷く。
「互いに切磋琢磨する。それが勝利への道だ」
春の皇帝杯へ向けて――
三頭のサイドールは、それぞれの想いを胸に、静かに汗を拭った。




