第七十四話「新年、再び始動」
白雷ジムの事務室には、年明けの冷たい空気が差し込んでいた。
窓の外では、まだ初雪の残る調教場を若手サイドールたちが走っている。モニターに映る彼らを横目で見ながら、調教師兼マネージャーの村瀬は机の上に並べた出走計画表とにらめっこしていた。
「今年も春まで忙しくなるな……」
そう呟く村瀬の向かいには、ミオが座っていた。関西弁混じりでいつも明るい彼女も、今日は真剣な表情でペンを走らせている。
「せやけど、ノンちゃんももう5歳や。去年と同じローテーション組むのはええとして……去年みたいに無理させへんようにせんとあかんなあ」
アースエコノミーニューイヤーカップ、ガニメデカップ、イオカップ……そして皇帝杯(春)。
ミオが指で紙を辿りながら、ひとつひとつレース名を読み上げる。去年、春の皇帝杯を制した思い出が蘇る。だが、その後の脳障害による入院。復帰までの長いリハビリ。
「今年は、あんな思いは絶対させへん」
ミオの目が鋭く光った。その時、ノックの音がしてドアが開く。
「村瀬さん、ミオさん……呼ばれてたから来ました……」
フリアノンだった。白い髪を肩で揺らし、少し不安そうな表情で二人を見ている。
「おお、ノンちゃん。ちょうどええとこ来たわ。今年の春までの出走計画、今まとめとったとこや」
「出走計画……」
フリアノンはおそるおそる近づき、机の上の紙に目を落とした。見慣れたレース名が並んでいる。
「アースエコノミーニューイヤーカップ……ガニメデカップ……イオカップ……」
そして一番下には――
「皇帝杯(春)……」
思わず声が震えた。去年、春の皇帝杯を制したときの感覚が蘇る。スタンドからの歓声、ゴール前での必死の追い込み、そしてミオの泣き笑いの顔。
「二連覇……狙うんですね……」
フリアノンは小さく微笑んだが、その胸の奥には緊張と恐怖が渦巻いていた。
またあの舞台に立てるのか。去年は勝てた。でも、今年も同じように走れるだろうか。
「不安なんか?」
ミオが優しく声をかける。フリアノンは肩を震わせながら首を横に振った。
「いえ……ただ……少し……怖いです……」
「そらそうや。大舞台やもんな。でもな、ノンちゃん。怖いいうことは、それだけ真剣に向き合うてる証拠や。せやから……無理せんと、でも全力で挑もうや?」
「……はい……!」
フリアノンは顔を上げた。その瞳には、不安と共に小さな炎が灯っている。
「よし、決まりやな」
村瀬が小さく笑い、机の上の書類をまとめた。
「まずはアースエコノミーニューイヤーカップからや。調整はしっかりやるけど……一番大事なんは、気持ちや。な?」
「……はいっ!」
フリアノンは背筋を伸ばし、小さく拳を握った。
――今年も、走るんだ。
スレイ、マーメルス、そしてこれまで戦ってきた全てのライバルたちに胸を張れるように。
その決意を胸に、フリアノンは冬の冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んだ。




