第七十一話「それぞれの再始動」
アースグランプリが終わり、年末年始の慌ただしさが一段落した地球圏。各ジムは新しい年へ向け、静かにしかし確実に動き始めていた。
白雷ジムも例外ではなかった。まだ正月気分が抜けきらないスタッフたちの間を、フリアノンはゆっくりと歩いていく。前日のハードな調整の疲れが、まだ体内に残っていた。だが、その表情に曇りはない。
「ノンちゃん、身体の調子はどうや?」
食堂で待っていたミオが声を掛ける。関西弁の響きにほっとして、フリアノンは笑顔を返した。
「大丈夫……少し、筋肉痛だけど」
「そらそうや。昨日あれだけ追い込み練習したら、誰でもバキバキやで? でも、春に向けてはええ感触やったやろ?」
ミオの言葉に、フリアノンは小さく頷いた。アースグランプリで二位となり、惜敗した悔しさはまだ胸を灼いている。だが、その悔しさが、今は確かな熱へと変わりつつあった。
(次こそは……絶対に、勝つ)
そう思いながら、フリアノンは食堂の窓から外を眺めた。冬晴れの青空が眩しかった。
一方、クロエは烈風ジムの屋内コースでひとり走行訓練をしていた。
「もっと……もっと速く……っ」
ヴェルナーが静かにモニター越しに彼女を見守る。フォームが崩れていないか、踏み込みが甘くなっていないか、細かく分析しながらも、クロエの強い意志に心の奥で感嘆していた。
「いいぞ、クロエ。そのまま押し切れ……!」
ヴェルナーが思わず声を漏らす。クロエは前走の敗北以来、以前にも増してトレーニングに没頭していた。復讐でも、意地でもない。ただ純粋に、走りで頂点に立ちたい――その執念が、彼女を突き動かしていた。
鋼牙ジムでも、新たな調整が始まっていた。リュミエルはいつものぼんやりとした目で窓の外を見ていた。
「……次も、勝てるかなあ」
「何言ってんだ、リュミエル!」
ナビゲーター席から声が飛ぶ。ユリウスだ。笑みを浮かべたまま、端末を操作している。
「君は勝てるよ。でも、勝つってのはただゴール板を先に駆け抜けることじゃない。自分自身に打ち勝つことだ。わかるよね?」
「……たぶん、わかる」
そう呟いて、リュミエルはふっと微笑んだ。彼の周囲に漂う空気は、いつもと変わらず穏やかで柔らかかったが、その奥には次なる勝利への静かな渇望が渦巻いていた。
そして黒鋼ジム。
「ぬおおおおおおっ!!」
今日もジム内に根性論が響き渡る。ガルディアスが雄叫びを上げながらトレーニングマシンを蹴り出していた。
「ガルディアス、お前、もうちょい頭使えって……!」
シグマがモニターを睨みながら呆れたように言う。
「理論も大事やけどよぉ! 最後は気合いだろ!」
「気合いで限界が超えられるなら、誰も苦労しない。ちゃんと数値と感覚を両立させろ。でないとまた直線で失速するぞ」
「わーってるって!」
相変わらず噛み合わない二人だったが、その言い合いにもどこか心地良いリズムがあった。周囲のスタッフも慣れたもので、二人が喧嘩をしながらも絆を深めていることを知っていた。
(春が来る……また、勝負の季節が来る……)
フリアノンは夜、ジムの屋上に上がり、星空を見上げていた。冷たい風に髪を揺らしながらも、その瞳には弱さはなかった。
(スレイ……私、きっと……きっとやるから……)
亡きスレイプニルへの誓いを胸に、フリアノンはそっと拳を握りしめた。
新しい季節、新しい戦い、新しい未来が、すぐそこまで来ていた。




