第七十話「敗北の夜、揺れる想い」
レース後、重苦しい空気がアースグランプリ会場の一角を支配していた。
ファンや関係者は勝者リュミエルを称える中、それぞれの控室には敗れた者たちの影が落ちていた。
◇
フリアノンは薄暗い控室で、一人ベッドに腰掛けていた。
シャワーで汗を流したはずなのに、全身の火照りと疲労が抜けない。
(……勝てなかった……また……)
指先が震える。
あのゴール前、手を伸ばしても届かない距離。
最後に交わしたリュミエルの微笑みが脳裏から離れなかった。
「ノンちゃん……」
ミオがそっとタオルを肩にかける。
フリアノンは伏し目がちに、小さく呟いた。
「……わたし……何のために走ってるんでしょう……」
「何ゆうてんの。あんたは……いや、ノンちゃんは、スレイの夢を継いで走ってるんやろ?」
「……そうですけど……」
涙が滲む。
勝ちたい。だけど怖い。
走るたびに限界を思い知る。
自分なんかが、と思う心と、それでも負けたくないという感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、胸を焼いた。
「……もう、嫌です……」
弱音を吐くフリアノンに、ミオは優しく頭を撫でた。
「泣いてええ。でもな、諦めたらそこで終わりやで。」
◇
一方、クロエはヴェルナーと二人、無言で帰り支度をしていた。
荷物をまとめながら、クロエは震える指先を見つめた。
(また負けた……あの子に……)
悔しかった。
自分はもっと強いと思っていた。
去年のクイーンズカップ覇者として、女子最強の誇りがあった。
でも現実は二戦続けてフリアノンに敗北。
プライドが音を立てて崩れていくのを感じた。
「……私……」
「クロエ。」
ヴェルナーの低く優しい声が静寂を破る。
「あなたは、まだ完成されていない。それは恥ではありません。むしろ、無限の可能性があるということです。」
「……可能性……」
「敗北は糧になります。私はそれを、数えきれないほどのナビゲートで見てきました。あなたも例外ではありません。」
クロエは涙を堪え、拳を握りしめた。
「……わかっています……負けない……絶対に……」
◇
ラディウスはトレーナーからアイシングを受けながら、軽く笑っていた。
「くっそー、負けちゃったかぁ。」
「お前、全然悔しそうじゃないな。」
ナビゲーターの九条玲那が呆れたように言うと、ラディウスは首を傾げた。
「いや、悔しいけどさ。でもさ、まだ走れるから。それだけで楽しいよ。」
玲那はため息をつきながらも、少しだけ笑った。
「ほんと、あんたは楽天家ね。でも、次は勝たせるわよ。」
「おー、頼りにしてるよ、玲那さん!」
◇
そして、ガルディアスは氷水に浸かりながら、険しい顔をしていた。
「クソッ……またかよ……!」
「悔しいのか?」
シグマが冷静に問いかける。
ガルディアスは顔を上げ、ぎらつく瞳で睨みつけた。
「当たり前だろ……勝つために走ってんだ……!」
「なら、無駄な前半のペース配分を修正しろ。それができれば、お前はもっと強くなる。」
「うるせぇ……わかってんだよ……」
拳を握り締めるガルディアスの横顔は、いつになく悔しさと怒りに歪んでいた。
◇
最後に、リュミエル。
優勝インタビューを終えた彼は、ユリウスと共に静かな控室へ戻っていた。
トロフィーを前にしても、その表情はどこか寂しげだった。
「どうした、嬉しくないのか?」
「……嬉しいよ。でも……」
「でも?」
「フリアノンちゃんの顔見たら……なんだか……切なくて……」
ユリウスは微笑み、彼の頭を優しく撫でた。
「お前は優しいな。だが、これがレースだ。勝負の世界に情けは無用だ。」
「……うん。でも、次も勝つよ。僕は……負けたくないから。」
リュミエルは淡い光を宿した瞳で、遠くを見つめていた。
その先には、まだ誰も知らない未来が広がっているのだった。




