第六十八話「アースグランプリ前夜」
年末の寒さが、白雷ジムの廊下を抜ける。
フリアノンは、黙々と最後の調整メニューを終え、食堂に向かっていた。
「ノンちゃん、お疲れさん!」
ミオがエプロン姿で声をかける。
「は、はい……」
「今日は最後の晩餐やからな。しっかり食べてや!」
テーブルには、栄養バランスを考えたサイドール用特製ディナーが並べられていた。
しかし、フリアノンは箸を止め、遠くのテレビを見つめる。
『アースグランプリ特集。本年度出走サイドール紹介』
画面には、クロエの鋭い眼差しが映っていた。
(クロエさん……)
「……あんたも見てるの?」
不意に背後から声がかかる。振り向くと、そこにはラディウスが立っていた。
「ラ、ラディウスさん……」
「いやあ、今年も華やかだな。クロエも出るし……あ、もちろん君もね?」
ラディウスはいつもの爽やかな笑顔で微笑む。
「フリアノン、あまり気負わないようにな。俺は楽しむだけだから。」
「……はい。」
すると、今度は別のテーブルから大声が聞こえた。
「おいラディウス! 何ヘラヘラしてるんだよ!! 明日は決戦だぞ決戦!!」
ガルディアスだった。いつも通り、気合が入りすぎている。
「そんなに気張るなって。ガルディアスはいつも通り突っ込んでいけばいいだろ?」
「当たり前だろ!! 俺は全力で逃げ切ってやる!!」
「その根性だけは尊敬するわ。」
二人の会話に、フリアノンは小さく笑った。
そのとき、静かな足音と共にリュミエルが入ってくる。
「……賑やかだね。」
「リュミエルさん……」
「フリアノンも出るんだよね。僕、明日は……うん、全力で行くから。」
「は、はい……わたしも……」
ユリウスが後ろから現れ、リュミエルの肩を軽く叩く。
「今日はもう休むぞ、リュミエル。」
「……うん。」
「フリアノンも、いい走りを見せてくれ。」
ユリウスの優しい微笑みを受け、フリアノンは胸が少し痛くなった。
もうユリウスのナビゲートを受けることはない。
だが、その背中を追いかける気持ちは消えなかった。
そして、別のテーブルにはクロエとヴェルナーの姿があった。
「……落ち着いているのですね、クロエ。」
「……当たり前でしょ。私はこのレースで勝つ。それだけ。」
ヴェルナーは微笑み、紅茶を口に運ぶ。
「君の勝利を信じていますよ。」
クロエはちらりとフリアノンの方を見たが、何も言わなかった。
その瞳は、氷のように冷たく、けれど静かに燃えるようだった。
(クロエさん……明日、わたし……)
食堂を出たフリアノンは、ジムの廊下を歩きながら、冬の星空を見上げた。
地球の夜空には、淡く月が輝いている。
(……がんばらなきゃ。みんなのために。わたしのために……)
「ノンちゃん。」
振り向くとミオが立っていた。
「そろそろ寝よか。今日は早めに休んで、明日に備えるで。」
「……はい、ミオさん。」
ミオの手を握りしめ、フリアノンは静かに部屋へ戻る。
明日はアースグランプリ――
サイドールたちの一年の総決算。
勝利を掴むのは誰か。
その答えは、もうすぐ訪れる夜明けの先にあった。




