第六話:Jクラス初戦
朝焼けが白雷ジムを照らし出す頃、ピット内には張り詰めた空気が漂っていた。
その一角で、フリアノンは黙々とストレッチをしている。
今日からJクラス――500万以下のクラスでの初戦。
未勝利戦を勝ち上がり、獲得賞金により昇格が決まった彼女にとって、ここからが本当の試練だった。
「ノンちゃん!」
突如響いた明るい声に、フリアノンは肩を揺らして振り返る。
そこには、Sクラス所属のサイドール、スレイプニルが眩しい笑顔で立っていた。
「Jクラス昇格おめでとう!」
「ス、スレイ……ありがとう……。」
スレイは軽く息を弾ませながら、彼女に駆け寄る。
「いよいよだね。Jクラスはみんな強いけど、ノンちゃんなら絶対大丈夫だよ!」
「……でも、わたし、まだ怖くて……。」
「大丈夫!」
スレイはフリアノンの手を優しく握った。
「ノンちゃんは、ノンちゃんの走りをすればいいんだよ。」
その笑顔に、フリアノンの胸は少しだけ軽くなる。
(……スレイ……ありがとう……。)
◇
ピットには既にユリウス・フェイダーが到着していた。
彼はいつも通り飄々とした微笑みを浮かべ、機体のセッティングを確認している。
「おはよう、フリアノンさん。」
「お、おはようございます……。」
「今日はJクラス初戦。相手は強いけど、君ならできるさ。」
フリアノンは小さくうなずき、ヘルメットを抱きしめた。
◇
《Jクラス初戦、出走馬はゲートへ。》
場内アナウンスが響く。
フリアノンはコックピットへ乗り込み、シートベルトを締めた。
ヘッドセット越しに、ユリウスの落ち着いた声が届く。
「今日はいつも通り、最後尾からの追い込みだ。焦らなくていい。」
「……はい。」
恐怖を押し殺しながらも、フリアノンは震える指先を握り締めた。
◇
《3…2…1…》
『スタート!』
轟音と共に全機が飛び出す。
フリアノンは少し遅れてスタートし、予定通り最後尾に位置取った。
(大丈夫……ユリウスさんがついてる……。)
レース序盤、先頭集団は熾烈なポジション争いを繰り広げる。
スラスター音と衝撃波が響き渡り、後方にいてもその圧力が伝わってきた。
(こ、怖い……でも……負けたくない……!)
◇
中盤戦。
ユリウスの声が耳に届く。
「呼吸を整えて、ブースター温度を確認して。最終コーナーで一気に行くぞ。」
「……はい!」
彼の声は、恐怖を打ち消すように力強く響く。
その言葉だけで、胸の奥に小さな炎が灯った。
◇
最終コーナー手前。
ユリウスの指示が飛ぶ。
「――今だ、アクセル全開!」
フリアノンは覚悟を決め、アクセルレバーを限界まで押し込んだ。
機体が震え、Gが身体を締め付ける。
視界が流れ去り、景色が歪む。
(速い……怖い……でも……!)
先頭集団が見える。
恐怖と期待がない交ぜになり、心臓が早鐘を打った。
「――君なら届く!」
ユリウスの声が最後の一押しをくれた。
フリアノンは恐怖を越え、ただ前だけを見つめる。
(わたし……もっと速く……もっと……!)
◇
ゴールライン直前。
トップを走る青い機体との距離が一気に詰まる。
「抜けぇぇっ!」
ユリウスの叫びと共に、フリアノンは渾身の力でアクセルを踏み込んだ。
《ゴール!》
結果は――1着。
◇
ピットに戻ると、スタッフたちの歓声がフリアノンを包んだ。
そして、少し離れた場所に立つスレイプニルが、涙ぐみながら拍手を送っていた。
「ノンちゃん……!すごいよ……おめでとう……!」
「ス、スレイ……。」
駆け寄ってきたスレイが、ヘルメット越しに彼女の頬に触れる。
「ノンちゃんは……本当に強くなったね。」
その言葉に、フリアノンの胸は熱くなった。
◇
ユリウスも静かに微笑み、フリアノンの肩に手を置く。
「これが、君の走りだ。」
(……もっと……もっと速くなりたい……!)
恐怖を超えた先にある、自分だけの走りを見つけるために――
フリアノンは新たな決意を胸に、宇宙の果てを見つめていた。