第五十八話 「再始動」
「ふんっ、ふんっ……!」
朝一番のジム。
まだ外は薄暗く、冷たい空気が漂っている。
そんな中、フリアノンは専用のコックピットシミュレーターに座り、必死に操縦レバーを握りしめていた。
「ノンちゃん、反応遅れてるで!」
ミオの叱咤が飛ぶ。
「は、はいっ……!」
フリアノンは歯を食いしばった。
久しぶりの実機シミュレーター。
退院後、初めての本格訓練だ。
(……やっと……帰ってこれた……)
思えば、長い夏だった。
病室の窓から眺める青い空。
訓練どころか歩くことすら許されず、悔しくて泣いた日もあった。
だけど、その度に思い出した。
(……スレイ……みんな……わたし、負けたくない……!)
「よしっ、ラスト1分! 加速維持!」
「は、はいっ……!」
フリアノンは全神経を操作に注ぎ込んだ。
機体越しに伝わる振動が、久しぶりの“レース”を思い出させる。
(……わたしは……走るために……飛ぶために……生まれた……!)
呼吸が荒くなる。
苦しい。
胸が焼けるようだ。
だけど――
(……これが……わたしの居場所……!)
「終了っ!」
ミオの声でシミュレーターが停止し、コックピット内の照明が通常光に戻る。
「はぁ……はぁ……」
「お疲れさん、ノンちゃん」
キャノピーが開き、差し出されたタオルとスポーツドリンクを受け取りながら、フリアノンは微笑んだ。
「……ありがとう……ミオさん……」
「ふふっ。……退院してまだ三日目やのに、よう頑張ったなぁ」
「……うん……」
フリアノンは汗を拭きながら、訓練ルームの天井を見上げた。
(……ここが……帰ってくる場所……)
周囲には他のサイドールたちも集まり始めている。
誰もがライバルで、誰もが仲間。
その空気が、たまらなく懐かしかった。
「おっ、元気そうじゃねぇか」
低い声が聞こえ、振り返ると、そこにはガイが立っていた。
「ガ、ガイさん……」
「リハビリ明けにしては上出来だ。……ただし」
鋭い目でフリアノンを見据える。
「次からは甘えんなよ。お前はもうシニアだ。ガキじゃねぇんだ」
「……はいっ!」
フリアノンは背筋を伸ばし、大きな声で答えた。
(……わたしは……シニア……)
三歳の時は、ただスレイの夢を継ぐために飛んでいた。
でも、今は違う。
(……今は……わたし自身の夢のために……!)
「さて、今日は基礎操作と反応訓練中心や。午後からは模擬レース入れるからな」
ガイの言葉に、周囲のサイドールたちがざわめく。
厳しいメニューに誰もが顔をしかめるが、フリアノンは小さく笑った。
(……この空気……久しぶり……)
「ノンちゃん?」
ミオが心配そうに覗き込む。
「ううん、なんでもない。……わたし、頑張るよ……!」
その笑顔は、かつての弱気なフリアノンではなかった。
◆
午後。
模擬レース訓練が始まる頃には、太陽が高く昇っていた。
広大な宇宙を再現した全天周シミュレーションルーム。
目の前に広がる無数の星を見つめ、フリアノンは小さく息を吸った。
(……ここから……わたしの新しい飛行が始まる……)
「位置について――」
ガイの声が響く。
「よーい……」
(……わたしは……絶対に負けない……!)
「スタート!」
レース開始信号と共に、二人乗り宇宙船の推進システムを起動。
機体が震える。
重力制御が作動し、視界が一気に加速の白光で満ちた。
(……これが……わたしの……)
加速する。
ただ、加速する。
全てを置き去りにして、ただ前へ――
(……帰ってきた……わたし……帰ってきたよ……!)
シミュレーションとはいえ、目の前に広がる宇宙は果てしなく美しかった。




