第五十四話 「復帰への道」
暖かな春の風が、病院の中庭を吹き抜ける。
その中を、フリアノンはゆっくりと歩いていた。
点滴スタンドを引きずる姿は、どこか痛々しくもあり、けれども、その瞳には確かな光が宿っていた。
(……まだ、ふらふらする……でも……大丈夫……わたし、また……走れる……)
病室で寝ているだけの日々が続き、医師からも「まだ安静に」と言われていたが、少しでも体を動かしておきたいという気持ちが勝った。
「ノンちゃん、あんまり無理したらあかんよ」
背後から聞こえるミオの声。
心配そうな響きに、フリアノンは小さく笑った。
「……わかってる……でも……動きたいの……」
「ほんまに無理したらあかんからな。先生に怒られるで」
「……うん……」
中庭に咲く花々を見つめながら、フリアノンはゆっくりと深呼吸をした。
(……わたし……まだ……走れる……走らなきゃ……)
頭の奥に、あの日のレースがよみがえる。
最後の直線で追い込みをかけようとしたとき、突然襲った頭痛と眩暈。
その瞬間、世界がぐにゃりと歪んだ。
(……あのとき……本当に……怖かった……)
意識が遠のく恐怖。
もしこのまま二度と目を覚まさなかったら、と思うと震えた。
(……でも……怖がってばかりじゃ……だめだ……)
自分には、まだ果たしていない約束がある。
(……スレイ……わたし、まだ……あなたの夢を叶えてない……)
震える膝を押さえ、フリアノンは小さく拳を握った。
「……絶対に……絶対に……わたし、走る……!」
その決意を噛み締めるように、顔を上げた。
◆
数日後。
病室からリハビリ室へと移動したフリアノンは、専用のリハビリ用トレッドミルに乗っていた。
もちろん、まだ本格的な走り込みは許可されていない。
今日は簡単な歩行訓練を行うだけだ。
「フリアノン、いいか? 今日は歩くだけで十分だからな」
担当医が念を押す。
「……はい……」
(……でも……歩くだけでも……いい……)
ベルトの上で、ゆっくりと足を運ぶ。
一歩、一歩、確かめるように。
(……わたし……まだ動ける……)
「おばあちゃん……」
思わず、小さく呟く。
菊乃の顔が浮かぶ。
けれど彼女は別の病院で療養しており、すぐに会える状況ではない。
だからこそ、フリアノンは強く思った。
(……おばあちゃんに……わたし、頑張ってるって……ちゃんと伝えなきゃ……)
ゆっくりとした歩行訓練が終わった後、フリアノンは深く息をついた。
すると、見守っていたミオが微笑む。
「よう頑張ったな、ノンちゃん。ちょっとずつ、ちょっとずつやで」
「……うん……ありがとう……ミオさん……」
ミオの言葉に、心が温かくなる。
(……わたし、一人じゃない……みんながいる……)
ほんの数分歩いただけで、脚は震え、全身から汗が噴き出していた。
けれど。
(……わたし……きっと……復活する……!)
震える脚に、力を込める。
(……スレイ……見てて……わたし……絶対に、あんたの夢……叶えるから……)
その決意は、春を越えて、これから迎える夏の空へと続いていた。




