第五十三話 「休養」
(……どこ……?)
ゆっくりと瞼を開けると、真っ白な天井が目に映った。
消毒液の匂い。
規則的に鳴る機械音。
シーツの感触が、冷たく心地よい。
(……病院……?)
視界がぼやける中で、見慣れた髪色が揺れた。
「ノンちゃん!?」
ミオだった。
目を潤ませ、今にも泣きそうな顔でフリアノンを覗き込む。
「ミ……オ……さん……?」
声を出そうとしたが、喉がひりつき、かすれた音しか出なかった。
「今、お医者さん呼んでくるからな!」
慌てて病室を飛び出すミオ。その背中を見送りながら、フリアノンはゆっくりと周囲を見渡した。
(……わたし……また……倒れたんだ……)
何も覚えていない。
最後に覚えているのは、追い込むために加速しようとしたとき、激しい頭痛に襲われたことだけ。
(……また……わたし……負けた……)
胸の奥がずしりと重くなる。
間もなく、白衣を着た女性医師が入室してきた。
後ろには心配そうな表情を浮かべるミオが付き添っている。
「フリアノンさん、目が覚めたようですね。気分はどうですか?」
「……ちょっと……頭が……痛い……」
「そうでしょう。軽い脳障害を起こしていますが、大丈夫ですよ。完治しますし、後遺症も残りません」
「……脳……障害……?」
医師はカルテを確認しながら説明を続けた。
「サイドールにはよくあることです。特に、念動力推進を極限まで使った場合、神経回路に負荷がかかりやすいですから」
(……よくある……こと……)
「ただし、酷い場合は……」
医師は少しだけ声を落とした。
「……スレイちゃんのように、致命傷になることもあります。今回は軽度で済みましたが、念のためしばらくは休養してください」
(……スレイ……)
脳裏に、あの明るくて、優しくて、誰よりも友達思いだった同期の姿が蘇る。
(……また……走れるの……かな……)
「先生……わたし……また……レースに……出られるんでしょうか……?」
震える声で尋ねると、医師は優しく微笑んだ。
「もちろんです。ただ、無理はしないこと。完治まできちんと休んでください。それが一番の近道ですよ」
「……はい……」
こくりと頷くフリアノン。
その手をミオがぎゅっと握り締めた。
「ノンちゃん……良かった……ほんまに……」
涙を堪えた声に、フリアノンはかすかに笑った。
(……まだ……走れる……まだ……)
痛む頭の奥で、また静かに火が灯った気がした。
(……わたし……絶対に……また走る……スレイの……夢を……)
瞳の奥で微かに光る決意。
それを誰も、まだ知らなかった。




