第五話:親友との模擬戦
白雷ジムの朝は早い。
今日もピットにはサイドールたちが集い、各自のトレーニングに励んでいた。
その中で、ひときわ小柄なサイドールが、ストレッチをしながら大きく伸びをする。
「ふぁ~あ……よし、今日もがんばるぞー!」
スレイプニル――スレイは、太陽のような笑顔を浮かべていた。
ふと、その視線の先に、小さな背中を見つける。
「……あ。」
そこには、黙々と調整作業をするフリアノンの姿があった。
彼女はいつもよりも表情が明るい。
前回のレースで初勝利を収めた余韻が、まだ心の奥で灯っているのだろう。
(ノンちゃん……勝てて本当によかった……)
◇
「おーい、ノンちゃん!」
突然呼ばれて、フリアノンはびくりと肩を揺らした。
「あ……ス、スレイ……?」
スレイはにこにこと笑いながら、彼女の隣に腰を下ろす。
「今日は模擬戦だって。知ってる?」
「も、模擬戦……?」
「うん。ナビさんたちは午前中会議らしくて、午後から軽く走ろうって。わたしとノンちゃんで一回やらない?」
フリアノンは目を瞬かせた。
スレイとの模擬戦は初めてだった。
「わ、わたしなんかで……いいの……?」
「何言ってるの!ノンちゃん、この前のレースで1着取ったじゃん!」
スレイの言葉に、フリアノンは頬を赤らめる。
「……でも……あれは……ユリウスさんが……。」
「ふふっ、謙遜しなくていいんだよ。」
スレイはそう言うと、フリアノンの頭を優しく撫でた。
その手の温もりに、フリアノンは胸がきゅっと締めつけられる。
(スレイ……優しいな……)
◇
午後、
白雷ジム専用コース。
「それじゃあ、位置についてー……」
スタッフの号令が響く中、スレイとフリアノンはスタート位置についた。
スレイのナビには、ジム所属の若手ナビゲーターが搭乗している。
一方、フリアノンのナビは、今日は不在だ。
(ユリウスさん、今日は他のジムに行ってるって言ってたし……)
「ノンちゃん、大丈夫?」
スレイが通信越しに話しかけてくる。
「あ……うん、大丈夫……。」
「よーし、それじゃあ……負けないからね!」
スレイの言葉に、フリアノンは小さく笑みを浮かべた。
(……負けない……わたしも……負けない……)
◇
《スタート!》
号砲と同時に、二人の機体が飛び出した。
最初に先行したのはスレイだった。
得意のスタートダッシュで一気に前へ出る。
「さすが……スレイ……!」
だが、フリアノンも必死で追いかける。
最後尾から追い込む戦法に慣れた彼女だったが、今日は二人だけの模擬戦。
追い込みをかけるには、まずスレイを視界に入れ続ける必要があった。
(負けたくない……!)
スレイの背中が遠ざかる。
けれど、彼女の胸には、ユリウスの言葉が蘇っていた。
――「君ならできる。」
(……わたし……できる……!)
◇
最終コーナー。
スレイが先頭のまま駆け抜けようとした瞬間――
フリアノンの機体が、風を切り裂き、一気に加速した。
(今……!)
アクセルを全開まで押し込み、恐怖を押し殺して前を見る。
スレイの背中がみるみる近づいてくる。
「えっ……ノンちゃん……!?」
スレイが振り返った。
その顔には驚きと喜びが入り混じっている。
(あと少し……!)
そして――ゴール直前。
《ゴール!》
わずか数センチ差で、フリアノンの機体がスレイを捉えた。
◇
「ノンちゃん……すごい……!」
模擬戦を終え、ヘルメットを外したスレイは、嬉しそうに笑っていた。
「わたし、こんなノンちゃん初めて見たよ……!」
「え……わたし……そんな……。」
フリアノンは頬を赤らめて俯く。
胸の奥で、嬉しさと恥ずかしさが入り混じっていた。
(……スレイに……褒められた……)
◇
夕方、
練習場の夕焼けに二人の影が伸びる。
「ノンちゃん、また一緒に走ろうね。」
「……うん。」
スレイの笑顔を見つめながら、フリアノンは小さく微笑んだ。
(……わたし……もっと強くなりたい……)
そう願う自分がいることに、彼女はまだ気付いていなかった。
◇
そしてその夜――
別のジムに滞在していたユリウスの元に、フリアノンの模擬戦結果が伝わる。
「……やっぱり、君は強くなれるよ。」
モニターに映るフリアノンのデータを見つめ、彼は静かに微笑むのだった。