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サイドライブ  作者: 碗古田わん


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第四十七話 「皇帝杯(春)前夜」

静まり返った白雷ジムの夜。

訓練場のライトは落とされ、外はわずかな星の光に照らされているだけだった。


しかし、そこにはまだひとり影があった。


「……はぁ……はぁ……っ……」


黙々と念動力推進の基礎フォームを繰り返すフリアノン。

額には汗が滲み、髪が張り付いている。


「ノンちゃん、今日はもうやめとき」


背後から声をかけたのはミオだった。

ライトをつけずに薄暗がりの中、フリアノンの隣へと歩み寄る。


「……でも……もう少しだけ……」


「明日は皇帝杯やで?」


ミオは肩をすくめた。


「わかってる……でも……」


(ここで……勝たないと……)


フリアノンの胸を締め付けるのは、あの日のスレイプニルの姿だった。

叶わなかった夢。

そして、その夢を託された自分。


(……負けられない……負けたくない……っ……!)


震える拳を握りしめる。


「ノンちゃん……」


ミオがそっと背中に手を置く。


「ほんまに頑張り屋やな。けど、あんま無理し過ぎたらあかんで。明日、最高の走りするためにも……今日は寝ぇ?」


優しい声に、フリアノンの瞳が潤む。


「……ありがとう、ミオさん……」


ミオはにっと笑い、指でフリアノンの額を軽く弾いた。


「ほれ、はよ部屋戻って寝ぇ!」


「……うん……!」


◆ ◆ ◆

部屋に戻ると、壁際には母――エポナの小さな肖像画が飾られている。


「……お母さん……」


フリアノンはベッドに腰掛け、そっと肖像画に手を伸ばした。


「明日……私……頑張るから……」


(スレイ……見ててね……私……絶対に……勝つから……)


ふいにスマホが鳴った。


画面に映し出された名前に、フリアノンは小さく微笑む。


『おばあちゃん』


「……菊乃さん……」


恐る恐る通話ボタンを押す。


『ノンちゃんかい? 遅くまで起きとったらあかんよ』


「……うん……ごめんね……」


病室の布団の中から微笑む声が聞こえた。


『明日、走るんじゃろ?』


「……うん。皇帝杯……シニアの最高峰……」


『あんたなら、大丈夫じゃ。胸張っておいで』


「……うん……ありがとう……」


電話を切った後も、フリアノンはしばらくスマホを抱きしめたまま動けなかった。


◆ ◆ ◆

翌朝。


まだ夜が明けきらぬうちに、ジムのバスで会場へ向かう。


フリアノンは車窓から、まだ暗い宇宙港の灯りを見つめていた。


「おい、ノン」


前の席からガイが顔を出す。


「……はい?」


「今日は皇帝杯だ。最高の走りを見せてこいよ」


「……はいっ!」


(今日は……絶対に……!)


心の奥で静かに炎が灯る。

そしてそれは、彼女が走る理由となり――。


いよいよ、シニア最高峰・皇帝杯が幕を開けようとしていた。

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