第四十五話 「スタミナ特訓編」
白雷ジムの屋内トレーニング場。
人工重力を通常の1.5倍に設定したコースを、フリアノンは必死に走っていた。
(……はぁ……また……負けちゃった……)
アースエコノミーニューイヤーカップ、ガニメデカップと続けて2着。
どちらも追い込む脚はあった。だが――
(……最後……届かない……)
息を切らせながら、フリアノンは足元を見つめた。
シニアになってから、レース距離も相手のレベルも一気に上がった。
今までのように、最後の直線だけで差し切れる相手ばかりではない。
「ノンちゃん、大丈夫か? 休憩入れるか?」
トレーニング管理コンソールの前で、ミオが声をかける。
フリアノンは顔を上げ、汗で濡れた前髪を払いながら、小さく首を振った。
「……まだ……やる……」
「無理したらあかんで? まだイオカップまで三週間あるし」
「……でも……私……勝ちたい……」
その瞳には、確かな決意が宿っていた。
◆ ◆ ◆
数分後、給水休憩を終えると、フリアノンは重力ベルトを巻いて再び立ち上がった。
人工重力1.8倍設定。
これまで一度も完走できたことのない負荷。
(……負けない……!)
ジムの天井に張り巡らされた照明灯が、フリアノンのシルエットを長く落とす。
その背中を見守るミオは、目を細めた。
(ほんま……根性ついたなぁ……あのビビりのノンちゃんが……)
スタートラインに立ったフリアノンは、ゆっくりと息を吐き、そして走り出す。
◆ ◆ ◆
重力が足に絡みつき、胸を圧迫する。
酸素が足りない。頭がぼうっとする。
(……でも……でも……!)
脳裏に浮かんだのは、敗北したレースで先にゴールへ駆け抜けるラディウスやガルディアスの背中。
(……追いつけなかった……)
そして、オータムフラワーで追い抜いたマーメルス。
あの時の感触、あの時の歓声。
(……また……あれが欲しい……!)
自分のためだけじゃない。
スレイプニルのため、母エポナのため――
何より、応援してくれる“おばあちゃん”菊乃のために。
「……っ……うぅ……っ!」
足が鉛のように重くなる。
でも止まらない。
(……私……強くなる……!)
次のイオカップはD1。
自分よりも速くて強い、銀河最上位のシニアサイドールたちが集まる舞台。
(……勝ちたい……!)
◆ ◆ ◆
「……っ……はぁ……っ……!」
結局、その日も1.8倍設定では最後まで走り切れなかった。
だが、フリアノンの顔には悔しさ以上に、ほんの少しの達成感が滲んでいた。
「ようやったな、ノンちゃん。前より長い距離走れたやんか」
「……うん……次は……最後まで……!」
汗で濡れた頬に、ミオがタオルを当てる。
「無理したらあかんで。ほんまに倒れるで」
「……わかってる……でも……」
小さく笑って見せるフリアノン。
「……私……勝ちたいから……!」
その微笑みは、かつての怯えた彼女ではなく、レースに生きる者としての覚悟を帯びていた。
◆ ◆ ◆
ジムの窓から見える宇宙には、遠く木星の赤い縞模様が淡く輝いていた。
(……待ってて……スレイ……今度は……私が銀河一になる……!)
その瞳に映る未来は、遥か彼方の太陽系杯やアースグランプリさえも見据えていた。




