第四十四話 「ガニメデカップ」
「さあ、いよいよスタートです! D2中距離、ガニメデカップ!」
地球圏から遠く離れた木星軌道上のガニメデドームスタジアム。
太陽の光は薄いが、スタンドの熱気は凍り付くような外気を跳ね返していた。
◆ ◆ ◆
「ノンちゃん、準備はええか?」
ミオの声が通信越しに響く。
コクピットに座るフリアノンは、小さく息を吐いた。
「う、うん……今日は負けない……!」
視線の先には、黒鋼ジム所属の巨漢サイドール――ガルディアスがいた。
筋肉質で威圧感のある体躯に、鋭い眼光。
スタートゲートに立つだけで、周囲を圧倒する存在感を放っている。
「おうフリアノン、ビビってんじゃねぇぞ! 今日もぶっちぎりで勝たせてもらうからな!」
「……負けない……!」
(ガルディアス……一昨年の優駿男子を制した……強い相手……でも……!)
◆ ◆ ◆
スターターの旗が振り下ろされると同時に、各機が一斉に飛び出した。
「スタートしました! まずはガルディアスが先頭を奪う! さすが一昨年のクラシック王者、スピードが違います!」
(速い……けど……!)
『ノンちゃん、焦ったらあかん! 今日は追い込みでいくで!』
「う、うん……!」
中盤、レースはガルディアスの独壇場となった。
圧倒的なパワーと持久力で、後続との差をじりじりと広げていく。
「これがガルディアス! 追走する各機を一気に突き放す!」
(……くそっ……でも……絶対に……!)
残り600。
ミオの声が鋭く響く。
『いけ! 今や、ノンちゃん!』
「……っ!」
フリアノンの機体が赤く点滅し、念動力推進が全開になる。
地響きのようなエンジン音がガニメデドームに反響した。
(追いつけ……追いつけ……!)
最終コーナーを回り切ったとき、前方にガルディアスの背中が見えた。
「フリアノンが追い込む! ガルディアスとの差を一気に詰めていく!」
(あと少し……あと少し……!)
直線に入り、ガルディアスは振り返った。
「おっ、来たかフリアノン! でもな――」
その顔には余裕の笑みが浮かんでいた。
「ここからがオレの本気だぁぁっ!」
ガルディアスの機体が再加速する。
追い込むフリアノンとの差が、わずかに、しかし確実に開き始めた。
(だめ……なの……?)
『諦めたらあかん! 最後までいけ!』
ミオの叱咤に、フリアノンは力を振り絞る。
視界が赤く染まり、心臓の鼓動が早鐘を打つ。
(スレイ……見てて……私……絶対……!)
ゴール板が迫る。
残りわずかで差が縮まる。
「フリアノン、迫る! ガルディアスとの差は――!」
しかし――。
「勝ったのはガルディアス! フリアノン、惜しくも二着!」
◆ ◆ ◆
レース後、コクピットから降りたフリアノンは、膝に手をついて荒い息を吐いていた。
「……っ……くやしい……」
「おう、いい追い込みだったじゃねぇか!」
声をかけてきたガルディアスは、いつもの豪快な笑みを浮かべていた。
「お前、ほんっと根性あるな! でもよ――まだまだオレには勝てねぇぜ!」
「……うん……でも……次は……負けない……!」
震える声でそう告げると、ガルディアスは満足そうに頷いて、その場を去っていった。
◆ ◆ ◆
「ノンちゃん、ようやったで。あんた、ほんまに強くなっとる」
ミオが優しく頭を撫でる。
フリアノンは涙を浮かべながらも、小さく笑った。
「……次は……絶対に……勝つ……!」
ガニメデドームの天井には、木星の巨大な姿が淡く光っていた。
その光の下で、フリアノンの決意は静かに、しかし力強く燃えていた。




