第四十一話 「静かな休日、胸の奥の灯火」
アースグランプリも終わり、年が明けて数日。
地球圏の白雷ジムにも、ゆったりとしたオフシーズンの空気が漂っていた。
ジムの中庭では、太陽を浴びた芝がほんのり暖かく、冬の冷たい風に揺れている。
フリアノンはその芝生の上に座り込み、真新しいレースカタログを眺めていた。
「……これが……今年のスケジュール……」
ページをめくるたび、胸の奥がチクンと痛む。
そこに記載されているクラシックやメジャーレースの数々。
去年は憧れるだけだった舞台たちに、自分の名前が載る可能性があるのだと思うと、夢のようで、でも少し怖くもあった。
◆ ◆ ◆
「おーい、ノンちゃーん!」
ミオの明るい声が響く。
「こっちこっち!せっかくのオフやのに、そんなとこで一人でおらんと、来いや!」
「は、はいっ!」
慌てて立ち上がると、そこにはミオと、ガイが並んで立っていた。
「せっかく今日は全体練習ないんやからな!みんなで昼飯でも食おうや、な?」
「……いいんですか……?」
「何言ってんだ。オフの日ぐらいゆっくりしろ」
ガイは相変わらず仏頂面だったが、その声にはいつもより優しさが含まれていた。
◆ ◆ ◆
ジム近くのフードコートは、年始セール目当ての人々で賑わっていた。
フリアノンは大きな人混みに気後れしながらも、ミオとガイに挟まれ、何とかフードコートの奥の席へ座ることができた。
「ほら、ノンちゃんの分、肉うどんやで」
「ありがとうございます……」
湯気の立つうどんからは、甘辛い出汁の香りが漂っていた。
(……いい匂い……)
箸を取り、そっと一口啜る。
その瞬間、じんわりとした温かさが喉を通って、冷え切った体に広がっていく。
「……おいしい……」
「当たり前やん!そこのうどん屋さんは有名やねんで!」
ミオは自分のカツ丼を頬張りながら言った。
「おい、ミオ。お前、人の話聞いてんのか?」
「聞いてるわ!ガイさんもはよ食べてくださいよ!」
「うるせえ……」
二人の軽快なやりとりを聞きながら、フリアノンは静かに笑った。
(……なんだか……こういうの、いいな……)
◆ ◆ ◆
食後は、ジムへ戻る前に近くの公園へ寄った。
「うわぁ……雪……」
木々の合間を抜ける風が雪を運んでくる。
小さな粒がフリアノンの肩に落ち、すぐに溶けた。
「冷っ……!」
「当たり前やろ。冬やねんから」
そう言ってミオは空を見上げる。
白い雲間から覗く青空は透き通るように美しかった。
「なあ、ノンちゃん」
「……はい?」
「今年もいっぱいレース出るんやろ?」
「……はい……。スレイ……スレイプニルの夢を……私が、叶えたいから……」
その言葉に、ミオは優しく微笑んだ。
「そうやな……。スレイも、喜ぶわ」
フリアノンは雪の舞う空を見上げた。
そこには、いつかスレイプニルと一緒に見たあの月はなかったけれど、それでも彼女を思い出すには十分だった。
(スレイ……見てる……?)
(私は……まだまだ弱いけど……でも……でも……)
「……負けないから……」
小さな決意の声は、白い吐息に乗って空へ昇っていった。
◆ ◆ ◆
夕暮れ時、ジムへ戻ったフリアノンは、人気のないトレーニングルームで一人、念動力推進のイメージトレーニングをしていた。
「……ふぅ……」
額に滲む汗を拭いながら、窓の外を眺める。
遠く地平線には、静かに太陽が沈みかけていた。
(明日から……また頑張ろう……)
そう呟いた彼女の瞳には、確かに強い光が宿っていた。




