第三十七話 「銀河の頂に届く影」
白雷ジムの談話室。
フリアノンは静かにソファへ座り込み、抱えたクッションに頬を寄せていた。
今日は太陽系杯の日。
地球圏、木星圏のみならず、銀河系内の太陽系以外の恒星圏からも強者が集う、銀河規模の長距離レース。
談話室の大型モニターには、宇宙港からの中継が映し出されている。
今まさに、選ばれしサイドールたちが発走ゲートに向かうところだった。
「……すごいなぁ……」
画面の右上に表示される出走表を追うと、見慣れた名前があった。
――リュミエル。
いつもぼんやりとした不思議系男子サイドール。
今日も淡々とゲートに向かって歩いている。
(リュミエルさん……)
背には、彼を支えるナビゲーター、ユリウスの姿。
スタート直前なのに、相変わらず柔らかい微笑を浮かべている。
(ユリウスさん……やっぱり……あの人は、特別なんだ……)
フリアノンは胸の奥が締め付けられる感覚を覚えた。
◆ ◆ ◆
そして、他にも強者はいる。
ガルディアス。
黒鋼ジム所属の男子サイドール。
シグマがナビゲーターとして隣に立ち、冷静に何事かを告げる。
しかしガルディアスはお構いなしに仁王立ちし、スタートゲートを睨みつけている。
『おうシグマァ!!今日は絶対勝つからな!絶対だ!!』
『好きにしろ。ただし、数値管理は守れ。オーバーヒートは許さん。』
いつも通りの二人の会話。
性格は真逆でも、信頼関係があるからこそのやり取りだ。
そして、画面に映る最後の見知った顔。
ラディウス。
烈風ジム所属の男子サイドール。
爽やかな笑顔でカメラに向かって手を振り、その笑顔に女性ファンの歓声が響く。
『ははっ!今日は派手に決めるから、ちゃんと見ててくれよな!』
(ラディウスくん……)
その笑顔を見るたび、胸がくすぐったくなるような、憧れにも似た感情が込み上げてくる。
◆ ◆ ◆
スタートの時が来た。
《各機、ゲートイン完了……スタート!!》
轟音と共にゲートが開き、サイドールたちは飛び出した。
ガルディアスがいきなりトップスピードで先頭へ立つ。
『おらあああああああ!!』
まるで雄叫びをあげる戦士のように。
その背で、シグマが冷静に声を飛ばしているのが印象的だった。
ラディウスはというと、笑顔のまま軽やかに加速し、ガルディアスのすぐ後ろにつける。
『飛ばすなあ、ガルディアス!でも、俺も負けてらんねーしな!』
一方、リュミエルは最後方付近。
しかし、その姿勢には無駄がない。
静かで、流れるように軽い。
ユリウスの声が通信越しに流れる。
『リュミエル、そのままでいい。ここは君のリズムを信じて。焦らないで』
表情を変えないリュミエル。
でも、瞳の奥には微かな光が宿っているように見えた。
◆ ◆ ◆
レースは長距離。
何度もコーナーを回り、加速と減速を繰り返しながら、最後の直線を迎える。
《先頭はガルディアス!ラディウスがすぐ後ろ!そしてその外からリュミエルが来た!!》
『くそっ、根性だ根性だ根性だあああああ!!』
ガルディアスが絶叫しながら必死に足を動かす。
だが、すぐ横でラディウスが軽快に笑った。
『悪いなガルディアス!今日は俺が勝つ!』
しかし。
二人を外から悠々と交わす影。
リュミエルだ。
表情は変わらない。
淡々と、それでいて誰よりも速く。
圧倒的な加速力で先頭を奪う。
《リュミエルが抜けた!リュミエルが先頭だ!》
ゴール前。
ガルディアスもラディウスも、届かない。
最終的に、リュミエルが一馬身半差をつけてゴール板を駆け抜けた。
《勝ったのはリュミエル!見事太陽系杯制覇です!!》
◆ ◆ ◆
談話室は静かだった。
モニターに映る勝利者インタビュー。
リュミエルは相変わらず淡々としていて、何を思っているか分からない。
しかし隣に立つユリウスは笑顔で彼を見上げ、その瞳には確かな誇りと愛情が宿っているように見えた。
(……やっぱり、私なんかじゃ……)
ぎゅっとクッションを抱きしめるフリアノン。
胸の奥で、言いようのない痛みがじんわりと広がっていった。
(でも……でも……)
その痛みの奥に、小さな灯がともる。
(私も、いつか……。あの舞台で、あの人たちと一緒に……走りたい……)
頬を伝う涙を拭わずに、ただひたすらに画面を見つめ続ける。
そこに映るのは、憧れと現実、そして決意の光景だった。




