第三十六話:すれ違う心
アースグランプリへの登録が完了し、白雷ジムの調整ルームには緊張感が漂っていた。
その中で、フリアノンはいつもより少し浮かない顔をしていた。
「どうしたんや、ノンちゃん?」
ナビゲーターのミオが心配そうに声をかける。
フリアノンは、小さく笑って首を振った。
「ううん……大丈夫。」
でも、その瞳は曇っていた。
◇
ジムの廊下を歩いていると、見慣れたシルエットが視界に入った。
銀色の髪をさらりと撫でつけた、美しい横顔。
フリアノンの心臓が跳ねた。
(ユリウス……!)
自然と足が速くなる。
駆け寄って、その背中に声をかけた。
「ユ、ユリウスさん!」
ユリウスはゆっくりと振り返る。
いつもと変わらぬ微笑みが、そこにあった。
「おや、ノンちゃん。久しぶりだね。」
「う、うん……! あの……っ」
胸の奥がざわめいて、言葉が上手く出てこない。
でも、伝えたいことは決まっていた。
「アースグランプリ……マーメルスさん、出ないんだって……?」
その問いかけに、ユリウスは柔らかく目を細めた。
「うん。短距離走杯に出ることにしたよ。」
フリアノンの胸に、鋭い痛みが走る。
マーメルスと戦えないことへの寂しさ。
同時に、希望が灯った。
(じゃあ……もしかしたら……。)
「そ、それなら……っ、ユリウスさん……!」
言葉が震える。
それでも、言わなければ後悔すると思った。
「わ、私の……ナビゲーター、してくれませんか……っ?」
沈黙が落ちた。
長い、長い沈黙だった。
ユリウスは優しく微笑み、そっとフリアノンの頭に手を置いた。
「ノンちゃん。」
その声は、いつも通り優しいのに、冷たく聞こえた。
「ごめんね。僕は……もうシニアのサイドールに乗ることが決まっているんだ。」
(……あ……。)
世界が崩れ落ちていく音がした。
耳鳴りがして、足元がぐらりと揺れる。
「で、でも……っ」
「ノンちゃんは、ミオがいるだろう?」
優しく告げられた言葉。
だけど、それは決定的な拒絶だった。
「ミオはいいナビゲーターだ。君なら、彼女と一緒にもっと成長できるよ。」
(違う……私は……ユリウスさんに……っ)
心臓が張り裂けそうだった。
泣きそうになるのを必死で堪える。
「そっか……」
震える声で呟くと、ユリウスは寂しそうに笑った。
「頑張ってね。応援してるよ。」
その言葉を最後に、ユリウスは去っていった。
軽やかな足取りが、フリアノンの心を抉る。
◇
廊下にひとり取り残された。
膝が震えて、その場にしゃがみ込む。
(終わった……。)
心の中で、何かが崩れた。
スレイプニルを失ったときと同じ痛み。
でも、今度はもっと深く、冷たい。
(ユリウスさんは……もう……。)
彼女の中で、淡い恋心がゆっくりと死んでいくのを感じた。
(でも……。)
涙を拭って、ゆっくりと顔を上げる。
(ユリウスさんがいなくても……私は……。)
スレイプニルとの約束を思い出す。
彼女の夢を叶えること。
それが今の自分を支える唯一の糧だった。
(絶対に……勝つ……。)
震える拳を強く握り締める。
失ったものは二度と戻らない。
けれど、進むしかない。
それが、今のフリアノンに残された唯一の道だった。




