表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイドライブ  作者: 碗古田わん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/117

第三十五話:敗北の残響

 ゴールを駆け抜けた後、マーメルスはただ虚空を見つめていた。


 


 (負けた……私が……。)


 


 どこからか聞こえてくる歓声も、表彰台で名前を呼ぶアナウンスも、遠い蜃気楼のように霞んでいく。

 脚の震えが止まらない。

 肺は酸素を求めて焼けつくように熱く、心臓は今にも張り裂けそうに痛んでいた。


 


 (あれほど差をつけていたのに……なんで……なんで追いつかれるの……。)


 


 脚が止まった。

 念動力を振り絞っても、もう推進力が出なかった。

 フリアノンの追い込みは、恐ろしくも、美しかった。


 


 「マーメルス。」


 


 ピットに戻ったマーメルスの前に、ユリウスが立っていた。

 いつも通り柔らかな微笑みを浮かべるその顔が、今はただ痛かった。


 


 「……笑わないで……。」


 


 絞り出すように呟く。

 悔しくて、悔しくて、涙が込み上げてくる。


 


 「私……負けたのに……なんで笑ってるの……。」


 


 「君は最後まで諦めなかった。それが素晴らしいことだからさ。」


 


 優しい声。

 その優しさが、今はたまらなく辛い。


 


 「諦めるわけない……私が……誰だと思ってるの……。」


 


 母、アンダームスペリウール。

 祖母、ファステスト。

 血統に恥じないように、負けてはいけないと教えられてきた。


 


 「私が……負けるなんて……。」


 


 悔しさで奥歯を噛み締める。

 唇から血の味が滲んだ。


 


 「……マーメルス。」


 


 ユリウスは少しだけ視線を伏せた後、静かに告げた。


 


 「アースグランプリ……やめよう。」


 


 「……え?」


 


 「君は短距離向きだ。この結果を見て確信した。アースグランプリより、短距離走杯を狙うべきだ。」


 


 マーメルスは目を見開いた。

 今度は悔しさではない、別の感情が込み上げてきた。


 


 「ふざけないで……!」


 


 思わず声を荒げる。

 周囲にいたスタッフたちが振り返ったが、そんなことはどうでもよかった。


 


 「私は……至高の血族よ? 長距離だって勝ってみせる……!」


 


 「無理はしない方がいい。」


 


 ユリウスの声は静かで、しかし決して揺るがなかった。


 


 「君の念動力は瞬発型だ。長距離ではどうしても消耗が激しい。短距離走杯なら、君の能力を最大限に発揮できる。」


 


 「でも……!」


 


 マーメルスは言い返そうとしたが、ユリウスの真剣な眼差しに言葉を失った。


 


 「君を勝たせたいんだ。」


 


 その一言が、胸の奥を突き刺した。


 


 (勝たせたい……私を……。)


 


 それがただの戦術論だとしても、ユリウスの言葉は優しかった。

 でも、それが逆に辛かった。


 


 「……わかった……。」


 


 やっとの思いで答えると、脚の力が抜けて、その場にへたり込みそうになった。

 必死で堪えて、ユリウスから顔を背ける。


 


 (私……こんなんじゃだめ……。)


 


 今まで積み上げてきた誇りが、少しずつ崩れていくようだった。


 


 (でも……勝たなきゃ……。)


 


 何よりも怖いのは、負けることではない。

 負けたまま、誰にも必要とされなくなることだった。


 


 


 ◇


 


 その夜、マーメルスは宿舎の自室でひとり膝を抱えていた。

 窓の外には、木星圏の夜空が広がっている。


 


 (短距離走杯……。)


 


 アースグランプリではない。

 でも、D1のタイトルであることには変わりない。


 


 (絶対に……勝つ……。)


 


 静かに目を閉じた。

 フリアノンの笑顔が浮かぶ。

 悔しさと共に、胸の奥に黒い炎が灯るのを感じた。


 


 (次は……絶対に、私が勝つ……!)


 


 握り締めた手が震えているのに気付き、さらに力を込めた。

 血が滲んでも構わないと思った。


 


 勝つことこそが、自分が生きる意味。

 そう信じてきたし、これからも変わらない。


 


 そして、次こそは――

 その信念を、結果として世界に示してみせるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ