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サイドライブ  作者: 碗古田わん


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第三十話:ジュピターニュースカップ編

ジュピターニュースカップ当日。


木星圏のレース場は朝から重々しい雲に覆われ、演出装置によって細かな粒子が雨のように舞い、路面に艶やかな光を落としていた。


これは観客向けの視覚演出――実際に雨が降っているわけではない。だが視界は微かに滲み、レースに緊張感を加えていた。


 


マーメルスはスタートゲート裏の待機エリアで、目を閉じて静かに息を整えていた。


 


(……ふん。雨? そんなの、関係ないわ。)


 


ツインテール状に束ねられた淡い銀髪が微かに揺れる。


彼女の周囲には、他のサイドールたちが緊張した面持ちで佇んでいたが、マーメルスだけは違った。


 


(今日は負けられない。絶対に――。)


 


 



 


「調子はどう?」


 


ナビゲーターシートに座るユリウスが、モニター越しに柔らかく微笑む。


相変わらず飄々としていて、その笑顔にはどこか余裕があった。


 


「調子は最高に決まってるでしょ。私を誰だと思ってるの?」


 


「そりゃ、木星圏最強のロイヤルブラットのお姫様だよ。」


 


「ふふ……分かってるじゃない。」


 


マーメルスはわずかに頬を赤らめて視線を外す。


このナビゲーターはいつだって彼女の心を読み取ってしまう。


 


「今日は先行策で行く。最終コーナーで一気に抜け出すよ。」


 


「言われなくても分かってるわ。」


 


気圧が下がり、空気が重くなる。


スタート時刻が迫っていた。


 



 


『各機、スタンバイ……3、2、1……スタート!』


 


金属音とともにゲートが開き、サイドールたちが一斉に飛び出した。


推進ユニットが唸りを上げ、火花のような光が視覚演出の雨粒を弾き飛ばす。


 


「――っ!」


 


マーメルスは一瞬でトップ争いに加わると、そのまま先行集団の外側に付けた。


 


『いい位置取りだよ、マーメルス。そのままリズム崩さずに。』


 


(分かってるっての……!)


 


演出の霧雨で視界が滲む。


だがその奥で、何度も自分を突き放してきたスレイプニルや、フリアノンの顔が浮かんだ。


 


(あんたたちには……絶対に負けない……!)


 


 



 


中盤、レースはスローペースで進んでいた。


マーメルスは内心苛立ちを覚えていた。


 


(誰がペース落としてるのよ……このままだと切れ味勝負になるじゃない……!)


 


だがユリウスの声が飛ぶ。


 


『焦らないで。ペースは向こうが作ってる。仕掛けは最終コーナーでいい。』


 


(……チッ。)


 


舌打ちしながらも、彼女は素直に従った。


今まで幾度もこのナビゲーターに救われてきたからだ。


 



 


そして――最終コーナー。


 


『今だ、行けっ!』


 


「――っ!」


 


マーメルスは全身の念動力を解放した。


推進ユニットが火を吹き、機体が跳ねるように前に飛び出す。


 


(私が……私こそが……最強よっ!!)


 


 



 


直線に入った時、後続との差は三馬身あった。


だが、演出とはいえ視覚効果の「雨」が濡らした路面が、マーメルスの脚を奪う。


 


(くっ……重い……!?)


 


残り半分。


後方から黒い機体が迫ってくるのが見えた。


 


(……誰よ……!?)


 


焦りが胸を締め付ける。


脚が重い。息が上がる。視界が滲む。


 


(……負けない……! 負けられない!!)


 


 



 


残りわずか。


最後の力を振り絞り、念動力をさらに解放する。


 


「――ッッ!!!」


 


そして――ゴール。


 


『ジュピターニュースカップ、勝ったのはマーメルスッ!!』


 


実況が絶叫する。


しかしその声も、マーメルスの耳には遠く霞んでいた。


 


(……勝った……? 私が……?)


 


 



 


パドックに戻ると、ユリウスがいつもの笑顔で迎えてくれた。


 


「お疲れ様、マーメルス。ギリギリだったね。」


 


「……余計なお世話よ。」


 


そう言いながらも、マーメルスの頬には安堵の笑みが浮かんでいた。


 


(ふん……これで……私は、オータムフラワーでも……。)


 


視覚演出の雨が止み、木星の雲間から人工太陽の光が差し込む。


その光はまるで、彼女の未来を祝福しているようだった。


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