第二十四話:赤き覇者の孤独
夜の廊下を歩く。
タイルの上を鳴らすヒールの音が、人気のない施設に小さく反響する。
(……あいつ……。)
フリアノンの部屋を出たマーメルスは、苛立ちを隠せなかった。
(なんなのよ……あの目……。)
諦めも、恐怖もない。
あの弱虫が、今は小さな炎を宿している。
◇
廊下の突き当たり、窓から見える地球。
青く輝く惑星が、マーメルスの瞳に映る。
(……フン。)
思わず鼻で笑った。
(何よ……あの程度で……。)
◇
思い出す。
母、アンダームスペリウールの背中。
祖母、ファステストの伝説。
(あたしは……ロイヤルブラッド……。
生まれた時から、頂点に立つために生まれてきた……。)
周囲の期待も、視線も、賞賛も、すべて当たり前だった。
幼い頃から、勝つことしか教わらなかった。
(なのに……なんで……。)
◇
心に刺さる一つの記憶。
――スレイプニル。
彼女の名前を思い出すと、胸がチクリと痛んだ。
(あいつは……あたしと違った……。)
血統でも才能でも、突出したものはない。
けれど――
(あの時……負けそうになった……。)
初めてスレイプニルと対戦したとき。
最終直線で、あの子は自分を追い詰めた。
勝ったのは自分だった。
けれど、レース後にあの子が笑顔で、
――また走ろうね、マーちゃん。
と声をかけてきた瞬間。
胸が、ぐっと苦しくなった。
◇
(……スレイ……。)
もういない。
自分と同じ頂点を目指していたライバル。
(……あいつの夢を継ぐって……。)
先ほどのフリアノンの瞳に宿っていた炎。
それは、かつてスレイプニルが見せたものと同じだった。
(馬鹿みたい……。
夢なんて、叶えるもんじゃない……。
勝って当たり前……勝たなきゃ意味なんかない……。)
◇
握りしめた拳が震える。
(あたしは……誰よりも速く……誰よりも強く……。)
でも――
(……でも……。)
閉じた瞳に浮かぶのは、あの時のスレイプニルの笑顔。
そして、さっき見たフリアノンの揺るぎない瞳。
◇
「……っ……!」
その場に蹲りそうになる感情を必死で堪え、マーメルスは顔を上げた。
(勝つ……絶対に……。
あいつらの夢なんて……知らない……。)
瞳に宿る赤い光は、誇りと孤独の色。
(だって……あたしは……。)
窓の外の地球を睨みつける。
(……あたしは……“赤き覇者”なんだから……!)
◇
夜の廊下を背に、マーメルスは踵を返した。
ヒールの音が響く度、その孤高の決意を刻むようだった。




