第二十一話:チェリーブロッサムカップ
木星軌道レースドーム。
クラシック第一戦、D1チェリーブロッサムカップの当日。
短距離決戦に集う精鋭サイドールたち。
場内は興奮と熱気に包まれていた。
◇
パドックでフリアノンは深呼吸を繰り返していた。
(大丈夫……わたしなら……。)
震える膝を必死に押さえつける。
「ノンちゃん、落ち着きや。」
通信機越しに聞こえるミオ姉の声。
その明るさに、少しだけ力が湧いた。
◇
周囲がざわめく。
その視線の先――
白銀に紅のラインが映える、威風堂々たる機体。
マーメルスだった。
「ふん……。」
フリアノンに気付くと、冷たい視線を向ける。
「……今日こそ、勝つ。」
震える声で言ったフリアノンに、マーメルスは鼻で笑った。
「勝負になると思ってるの?
夢を見るのは勝手だけど、現実は甘くないわ。」
その後ろで、ユリウスが苦笑しながら軽く会釈する。
心臓がチクリと痛んだ。
◇
レース出走表がアナウンスされる。
◆1枠1番 シルフィードスター
◆2枠2番 アステリズム
◆3枠3番 ギャラクシーフロスト
◆4枠4番 フリアノン(白雷)
◆5枠5番 ライジングビート
◆6枠6番 ハーモニックレイン
◆7枠7番 マーメルス(至高血族)
最終コール。
フリアノンは震える手で操縦桿を握り締めた。
◇
パンッ!!
スタート音と同時に、機体が一斉に飛び出した。
◇
「飛び出したのはマーメルス!やはりこの娘か!フリアノンは最後方から!」
実況が叫ぶ。
場内は割れんばかりの歓声に包まれた。
◇
(落ち着いて……いつも通り……。)
ミオ姉の指示が飛ぶ。
「ノンちゃん、慌てたらあかんで!
ここからがウチらの勝負や!」
「……はいっ!」
◇
レースは中盤。
マーメルスは先頭を譲らず、そのまま単騎逃げの体勢に入っていた。
(速い……っ!)
最終コーナー手前、ミオ姉の声が響く。
「ノンちゃん、行こか!!」
「はいっ!!」
◇
フリアノンは念動力を全開で解放した。
機体が悲鳴を上げ、周囲の空間が歪む。
血管が切れそうになる感覚。
それでも――
(スレイ……力を貸して……!)
◇
「フリアノンが上がってくる!後方6番手から一気に4番手へ!!」
残り200m。
フリアノンは前を走るギャラクシーフロストを交わし、3番手に浮上。
(マーメルス……!)
視界の先に、紅白の機体が見えた。
しかし――
「マーメルスもまだ伸びる!!」
◇
残り100m。
「行けぇぇぇぇっ!!」
ミオ姉の絶叫が響く。
フリアノンは最後の力を振り絞った。
2番手へ浮上。
マーメルスとの差は3機分。
◇
(追いつけ……っ!!)
血の気が引き、視界が暗転しかける。
だが、マーメルスの背は遠い。
そして――
ゴールラインを駆け抜けた。
◇
「勝ったのはマーメルス!!チェリーブロッサムカップ、堂々たる逃げ切り勝ち!!2着はフリアノン!!」
場内が割れんばかりの歓声と拍手に包まれる。
◇
(……負けた……。)
胸の奥がずきりと痛む。
悔しさよりも、ただ、虚無感が広がった。
◇
レース後、パドックでマーメルスがフリアノンに歩み寄る。
「……やるじゃない。
でも……この差が血統の差よ。」
フリアノンは俯き、小さく震える唇を噛み締めた。
(……まだ……まだ……わたし……。)
◇
その横でユリウスが優しく微笑む。
「いいレースだったよ、ノンちゃん。」
その言葉に、涙が溢れそうになった。
(スレイ……わたし……次こそ……。)
◇
マーメルスは去り際、フリアノンにだけ聞こえる小さな声で呟いた。
「……でも、あんた……少しは脅威になりそうね。」
◇
背を向けるマーメルスを見つめながら、フリアノンの胸には静かに火が灯った。
(……絶対に……勝つ……。)
その小さな炎は、やがて彼女をクラシックの覇者へと導くのだった。




