第二十話:前夜に灯る想い
チェリーブロッサムカップの前日、木星軌道ドームシティのホテル街は、夜でも煌々とした光に包まれていた。
白雷ジムの宿泊棟。
フリアノンは自室の窓から、遠くに見える木星の縞模様をぼんやりと眺めていた。
(……いよいよ……明日……。)
心臓が高鳴っていた。
ここに来るまで、スレイの死も、ユリウスに拒絶された痛みも、何度も心を折りかけた。
でも――
(スレイ……わたし……ここまで来たよ……。)
◇
コンコン。
ドアをノックする軽い音。
「どうぞ」と小さく返事をすると、入ってきたのはミオ姉だった。
「おっつかれ~ノンちゃん!
顔、緊張で強張っとるやないか。」
「……ミオ姉……。」
赤いパイロットスーツ姿のまま、缶コーヒーを2本持ってミオは近づいてきた。
「ほら。甘めやけどな?」
「……ありがとうございます……。」
フリアノンは缶を受け取り、プルタブを引く。
微かな炭酸とミルクの匂いが、張り詰めた胸を少しだけ緩めた。
◇
「……明日……勝てるかな……。」
フリアノンの呟きに、ミオは缶を置き、真剣な顔で言った。
「勝てるかどうかなんか、誰にもわからへん。」
「……。」
「けどな。
勝つって決めんのは、まず自分やで?」
◇
フリアノンは顔を上げる。
ミオの瞳は、月のように優しく輝いていた。
「スレイちゃんの夢、叶えたいんやろ?」
「……はい。」
「せやったら……背中、預けてくれたらええねん。
ウチはナビゲーターや。
勝たせるために乗るんやで?」
◇
その言葉に、涙が滲んだ。
「……ミオ姉……わたし……。」
「泣くな泣くな~。
明日、目腫れたらあかんやろ?」
そう言って、ミオはくしゃりとフリアノンの髪を撫でた。
◇
「……ねぇ、ミオ姉。」
「ん?」
「ミオ姉は……どうして、ナビゲーターやってるの?」
◇
少しの沈黙の後、ミオは笑った。
「ウチか?
ウチはな……速い娘と一緒に景色を見んのが好きやねん。」
「景色……?」
「せや。
サイドールが全力で駆け抜ける時にしか見えへん景色があるんや。
その一瞬の煌めきが……たまらんねん。」
◇
ミオの笑顔は、まるで子供みたいだった。
「ノンちゃんも、明日見せてや。
あんたにしか見せられへん、景色をな。」
「……はい……!」
◇
ミオが部屋を出ると、フリアノンは静かにベッドに座り込み、缶コーヒーを握りしめた。
(わたし……やれるかな……。
でも……わたし……やらなくちゃ……。)
スレイと見た夢。
チェリーブロッサムカップ。
クラシックの最初の舞台。
(スレイ……見ててね……。
わたし……絶対に……あなたの夢を……。)
◇
その夜、フリアノンはスレイプニルと一緒に駆ける夢を見た。
宇宙の果てまで伸びる光の道を、二人で笑いながら走っている夢を。




