第十六話:昇格の刻
白雷ジムの廊下を、フリアノンは静かに歩いていた。
今日はいつもと少しだけ空気が違う。
(Bクラス……ここに勝てば……。)
クラシックへの挑戦権を手にするために、絶対に必要なステップ。
フリアノンは手袋を強く握りしめた。
◇
コクピットで待機するフリアノンの耳に、ユリウスの声が入る。
「緊張してる?」
「……はい……。」
「ふふ、大丈夫。ノンちゃんはちゃんと走れるよ。」
その声だけで、不思議と緊張がほぐれていく。
デビュー戦の頃は、ナビゲーターの声ですら怯えていたのに。
◇
レース前検査を終え、出走順が告げられる。
出走表には強豪の名前が並んでいた。
◆1枠1番 トライヴォルト
◆2枠2番 アースグラビティ
◆3枠3番 フリアノン(白雷)
◆4枠4番 シャドウグライド
◆5枠5番 レッドヴァイパー
◆6枠6番 ブラックローズ
◇
(みんな……強そう……でも……わたし……負けない……!)
フリアノンは静かに目を閉じた。
胸の奥に蘇る、スレイプニルの笑顔。
(スレイ……わたし、行くから……。)
◇
宇宙港のゲートが開き、スタートラインへ。
無数のライトが照らすその中で、フリアノンの銀色の髪が揺れた。
「ゲートイン完了……。」
静寂。
そして――
パンッ!!
乾いた発射音と共に、レースが始まった。
◇
序盤、先行勢が飛ばす。
「トライヴォルトがハナを奪った!2番手にレッドヴァイパー!」
フリアノンは予定通り後方待機。
コクピットからユリウスの指示が飛ぶ。
「ノンちゃん、落ち着いて。周りは気にしなくていい。」
「……はい……!」
◇
宇宙空間に張られた軌道レーンを、6機の機体が疾走する。
念動力を機械推進へと変換する独特の駆動音が響く。
(……怖くない……怖くない……!)
何度も自分に言い聞かせる。
心臓が早鐘を打つたび、スレイの顔を思い出す。
◇
最終コーナーが近づく。
先行勢に疲れが見え始めた。
「ノンちゃん、行こうか。」
ユリウスの声が優しく響く。
その一言で、フリアノンは覚悟を決めた。
◇
(スレイ……力を貸して……!)
念動力が駆動系に伝わる。
フリアノンの体がシートに押し付けられ、視界が流れた。
――外側から一気に捲る。
「フリアノン、すごい伸びだぁっ!!」
実況が驚きの声を上げる。
残り200m、2番手に浮上。
先頭はトライヴォルト。
◇
「ノンちゃん、あと1機だ。」
「……はいっ!!」
加速。
さらに加速。
負荷で意識が飛びそうになる。
(スレイ……わたし……負けない……!)
最後の直線で、フリアノンの機体はトライヴォルトに並びかける。
相手の念動力出力が一瞬落ちた。
(今――!!)
機体が弾かれたように前へ出る。
◇
ゴール板を通過した瞬間、視界が白く霞んだ。
「――フリアノンだ!フリアノンが差し切ったぁぁぁ!!」
実況が絶叫する。
レース場に歓声が響き渡った。
◇
コクピットで酸素マスクをつけながら、フリアノンは小さく微笑んだ。
「……やった……スレイ……勝ったよ……。」
◇
表彰式。
ユリウスが隣で拍手を送る。
「おめでとう、ノンちゃん。」
「……ありがとうございます……!」
涙で視界が滲む。
でもその瞳は、もう次を見据えていた。
(次は……Aクラス……そして……クラシックへ……!)
◇
舞台袖で、白雷ジムのスタッフたちが拍手を送っていた。
ガイも、村瀬も、誰もがフリアノンの成長を感じていた。
(あいつ……本当に変わったな……。)
◇
だが、その背に宿る影に気づく者はまだいなかった。
フリアノン自身も、まだ。
スレイの夢を叶えるために――彼女は、まだまだ駆け抜けていく。