表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/79

第十四話:揺るがぬ願い

 年が明け、白雷ジムにも正月特有の空気が流れていた。

 しかし、そんな中でもフリアノンは一人、熱を帯びた瞳で廊下を歩いていた。


 


 


 ◇


 


 ジムのオフィス。

 調教師兼マネージャーの男性スタッフ、村瀬が書類を整理していると、ノックの音が響いた。


 


 「失礼しますっ!」


 


 「お、おう?フリアノンか……どうした?」


 


 普段は物静かで、入室すら躊躇うフリアノンが、今日は息を弾ませて立っている。

 村瀬は違和感を覚え、手を止めた。


 


 


 ◇


 


 「お願いします……!わたし……わたし……クラシックに出たいんです……!」


 


 突然の言葉に、村瀬は目を見張る。


 


 「クラシック……って、チェリーブロッサムカップのことか?」


 


 「はい……スレイの……スレイプニルの夢だったんです……あの子が目指していた舞台……わたし……わたしが……!」


 


 


 ◇


 


 フリアノンの声は震えていた。

 けれど、その瞳には恐れよりも強い光が宿っていた。


 


 村瀬はゆっくりと立ち上がり、窓の外に目を向けた。

 白雷ジムの練習トラックには、朝日が差し込み始めている。


 


 


 ◇


 


 「……フリアノン。お前の気持ちは分かる……だけどな。」


 


 彼は静かに振り返り、フリアノンを見つめた。


 


 「クラシックは3歳のD1レースだ。

 今のお前はまだJクラス……挑戦権すらないんだ。」


 


 


 ◇


 


 「それでも……!」


 


 フリアノンの声が廊下に響く。

 思わず他のスタッフが扉越しに覗くほどだった。


 


 「それでも……わたし……スレイの夢を……スレイの夢を叶えたいんです……!」


 


 


 ◇


 


 村瀬は胸が痛んだ。

 スレイプニルの予後不良処置から、まだ日も浅い。

 彼女を失ったジムの空気は重く、誰もが心に暗い影を落としている。


 


 そんな中で、フリアノンだけが前を向こうとしている。

 怯えがちで、いつも人の後ろに隠れていた彼女が――。


 


 


 ◇


 


 「……無茶はするなよ。」


 


 「……えっ?」


 


 「クラスを上げたいなら、レースに出るしかない。

 だが、体調管理や調教プランもある。

 全部お前の我儘で崩れたら元も子もないんだ。」


 


 


 ◇


 


 「……はい……。」


 


 「無理しない程度に……だ。

 お前が潰れたらスレイも喜ばねぇだろ。」


 


 フリアノンの瞳に、ぱっと涙が滲む。


 


 「……ありがとうございます……!わたし、絶対に……絶対に頑張ります……!」


 


 


 ◇


 


 村瀬は小さく笑った。


 


 (……ほんと、大したもんだよ。

 ガイも……ユリウスも……きっと驚くだろうな。)


 


 


 ◇


 


 その日、ジムのスケジュールボードには、フリアノンの名がずらりと記入された。

 短距離、マイナー、N、J――クラス昇格に向けた連戦計画。


 


 ガイがホワイトボードを見て苦笑する。


 


 「こいつ……本気だな。」


 


 村瀬は頷く。


 


 「……ああ。

 スレイの夢を背負ってるからな。」


 


 


 ◇


 


 廊下を歩くフリアノンの瞳は真っ直ぐだった。

 もう下を向かない。

 もう怖がらない。


 


 (わたし……行くから……スレイ……。

 クラシックで……リングの頂点で……必ず……会おうね……。)


 


 涙はもう乾いていた。

 代わりに、胸を満たしていたのは、確かな決意だけだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ