第百十話「仲間たちとの別れ」
早朝の白雷ジム。
冬の冷気がまだ夜を残す暗闇を震わせる中、ジムの搬入口には小さな人だかりができていた。
フリアノンは輸送用トレーラーの前に立っていた。白いコートを羽織り、その細い肩を震わせながら、仲間たちの顔をひとりひとり見渡す。
ラディウスがいつもの脳天気な笑顔で言った。
「元気でな、フリアノン。……いや、変な言い方か。お前なら大丈夫だよ。だってフリアノンだもんな!」
笑顔の奥に、滲むような寂しさがあった。
アスティオンは沈着な目でフリアノンを見つめ、ゆっくりと頭を下げた。
「君と走れたことは、僕の誇りだ。……これからの道も、君が君らしくあれるよう祈っている」
短くも真摯なその言葉に、胸がぎゅっと締め付けられる。
輸送スタッフが荷物を積み込み終える。
トレーラーの奥には、輸送専用の簡易寝台が用意されていた。これから繁殖入りするサイドールは、地球圏の管理施設に移送され、そこで検疫と適応検査を受けた後、繁殖牧場に移される。
ミオが目を真っ赤にしていた。
泣きすぎて腫れた瞼で、それでも無理に笑顔を作る。
「ノンちゃん……ほんまに……ほんまに頑張ったな……。あんな、小さい頃からずっと見てきて……怖がりで泣き虫で、でも……いつも最後には勝って帰ってくる、かっこええ子やった」
フリアノンは俯いて、わたしの白い髪を揺らした。
何か言わなければと思っても、喉が張り付いて声が出ない。
「繁殖入るって聞いたとき……わたしな……嫌やった。まだ走らせてあげたかった。けど……もう無理やって言われて……ほんまに悔しかった……」
ぽろぽろと涙が落ちる。
村瀬も静かに立っていた。口を開くと、かすれた声が吐き出された。
「お前は……俺が見てきた中でも最高のサイドールだ。……ありがとう、ノン」
静かな言葉が、かえって胸を打った。
フリアノンはようやく顔を上げた。
皆の顔を見渡し、震える声で言った。
「……わたし……皆と……走れて……幸せでした……」
その瞬間、堪えていた涙が溢れ出した。
(……もう……戻れない……)
地球圏に戻れば、繁殖入りしたサイドールが再びレースに戻ることはない。
この場所で、この匂いの中で、仲間たちと汗と息をぶつけ合うことも、もうない。
トレーラーの昇降台が下ろされる。
係員が促すように優しく声をかけた。
「行きましょう、フリアノンさん」
フリアノンは小さく頷くと、一歩一歩、重い脚を前に出した。
背中で、仲間たちの嗚咽が聞こえた。
振り返りたい。けれど、振り返ったら泣き崩れてしまう気がして、前だけを見て歩いた。
昇降台を上がり切ると、冷たい金属の床が足裏に伝わった。
トレーラーの扉が閉まりかける。
最後の瞬間、フリアノンは振り返り、声にならない唇の動きで呟いた。
(……ありがとう……みんな……)
扉が閉まり、外の光が消えた。
トレーラーが静かに動き出す。
窓のない空間に、かすかな揺れが続く。
その震えは、フリアノンの心をも揺さぶり続けた。
(……もう……走れないんだ……)
ぽたり、と。
頬を涙が伝い、冷たい床に落ちた。




