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サイドライブ  作者: 碗古田わん


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第百八話「アースカップ本戦編」

 年末を締めくくる大舞台、アースカップの決戦の日。

 地球圏最大規模の競技場には、朝から観客が詰めかけていた。

 冷たい冬の空気を震わせるように、場内アナウンスが響く。


『第百二回アースカップ、本戦出走です!』


 パドックで、フリアノンは深呼吸を繰り返していた。

 白い吐息が震え、胸の奥が痛むように緊張している。


「ノンちゃん、大丈夫か?」


 隣でミオが声をかける。

 ヘルメットを抱えたその瞳は、いつものように優しくて、けれど鋭い決意を帯びていた。


「……はい……やります……」


 その声は震えていたが、確かな意思を孕んでいた。



 スタート地点に並ぶサイドールたち。


 ラディウスが前方で軽く肩を回していた。

 ナビゲーターの玲那がモニター越しに睨みつける。


「いい? 今日は絶対勝つのよ。逃げ切るの」


「ああ、分かってるって!」


 軽く笑って答えるラディウスだが、その表情には焦りが滲んでいた。


 一方、中団外側にはアスティオンが立っていた。

 冷たい風に銀髪を揺らし、瞳は真っ直ぐ前を見据える。


「アスティオン、焦らずに行こう。君の伸び脚なら、最後に必ず届く」


 ユリウスの声はいつも通り淡々としていたが、そこには揺るぎない信頼があった。


「分かりました……必ず勝ちます」


 最終列最後尾には、フリアノンが立っていた。

 周囲がスタート準備に集中する中、彼女はひとり、静かに瞼を閉じる。


(わたしは……ただ、走るだけ……)


 ミオの声が耳元で響く。


「ノンちゃん。信じとるからな……!」


「……はいっ!」



 スタートゲートが開いた。


 レースは予想通り、スローペースで進行した。

 逃げ馬タイプだったガルディアスが引退したことで、先頭集団は慎重になり、流れは落ち着いていた。


「ラディウス、ペース握れ! そのまま自分の形に持ち込むの!」


 玲那の声を受け、ラディウスが先頭に立つ。

 後ろを確認する余裕すらある表情だった。


「へへっ……このまま行ける……!」


 その少し後ろ、中団外側に位置するアスティオン。

 ユリウスが冷静に指示を飛ばす。


「いい位置だ。前がバテるまで我慢しろ」


「了解……」


 そして、最後方。

 フリアノンはスローペースに嫌な胸騒ぎを覚えていた。


(……スローだと……届かないかも……)


 恐怖が胸を締めつける。だが、その時。


「ノンちゃん、大丈夫や! 最後まで信じて走り!」


 ミオの叫びが無線越しに飛び込んできた。


「……はいっ!」



 レースは淡々と進み、やがて最終コーナーへ。


 先頭を行くラディウスのペースが落ち始めた。

 アスティオンがスッと外に持ち出す。


「アスティオン、今や! 一気に仕掛けろ!」


「はいっ!」


 アスティオンが加速する。

 その伸びは凄まじく、あっという間にラディウスを交わしてトップに立った。


 スタンドがどよめく。


「アスティオン! そのまま押し切れ!」


 ユリウスの声が冷たく響いた。



 そして――最後方。


「ノンちゃん! 行け! ここや!」


 ミオの叫びに、フリアノンが鞭を入れる。


(……届かない……!)


 絶望が脳裏をよぎる。

 前を走るアスティオンの背中が遠い。

 去年のアースカップで勝ったリュミエルの姿が脳裏をよぎる。


(……でも……わたしは……)


 目の奥が熱くなる。

 全身が痛い。呼吸も苦しい。

 でも――


(……わたしは……走るために生まれたんだ……!)


 最後の力を振り絞った。



「ノンちゃん……!」


 ミオが絶叫する。


 フリアノンの加速は、まるで風を切り裂くようだった。

 前を行くアスティオンが迫る。

 残り二百、百五十、百。


(届く……届く……!)


 アスティオンの横に並ぶ。


「っ……!」


 アスティオンが歯を食いしばる。

 ユリウスの声が飛ぶ。


「アスティオン、負けるな……!」


 だが、フリアノンの勢いは止まらなかった。


(……絶対に……負けない……!)


 ゴール板が目前に迫る。

 最後の一歩を伸ばした。



『ゴールイン! 勝ったのは……白雷ジム、フリアノンです! 初のアースカップ制覇!』


 スタンドが地鳴りのような歓声に包まれる。

 ミオは涙を溢れさせながら叫んだ。


「ノンちゃん!! やった……やったで!!」


 しかし――


「……ミオ……さん……」


 無線越しに弱々しい声が聞こえたかと思うと、画面の中でフリアノンが崩れ落ちた。


「ノンちゃん!? ノンちゃん!!」


 慌てて駆け寄るミオ。

 スタッフたちが急いでストレッチャーを用意し、フリアノンを運ぶ。


「ノンちゃん……いやや……目ぇ開けて……お願いや……!」


 歓喜に沸くスタンドの声が遠く響く中、

 ミオの震える嗚咽だけが、冬の冷たい風に呑まれていった。

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