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サイドライブ  作者: 碗古田わん


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第百四話「追悼」

 クイーンズカップから数日後。

 木星圏ジュピター競技場の裏手にある慰霊碑には、静かな風が吹き抜けていた。


 クロエの名前が刻まれた真新しいプレートの前で、ヴェルナーは深く頭を垂れていた。


「……すまない、クロエ……」


 冷たく硬い石に手を添え、その表面を指先でなぞる。

 記された文字はまだ新しく、鈍い光を放っている。


 クロエが亡くなってから、ヴェルナーはまともに眠れていなかった。

 自分が最後のレースで指示を出したあの瞬間が、クロエの命を削ったのだと――その事実が胸に突き刺さる。


(あの時、仕掛けさせなければ……でも……勝つためには……)


 クロエが言っていた言葉を思い出す。


『わたし、勝ちたいんです。誰よりも強くなりたい』


 その瞳は真っ直ぐで、揺らがなかった。

 あれは偽りのない、クロエ自身の意思だった。


 ヴェルナーはぎゅっと拳を握った。


「……お前は、本当に強かったよ」


 クロエの墓前には、白雷ジムの面々も訪れていた。

 フリアノンは小さく震えながら、その墓碑を見つめていた。


(クロエ……どうして……どうしてあんなことに……)


 勝利の喜びよりも、胸を締め付ける喪失感の方が大きかった。

 ライバルであり、憧れであり、そして同じ道を走る仲間だったクロエ。


 わたしは――あなたに勝ちたかった。

 でも、こんな勝ち方は望んでいなかった。


「クロエ……」


 震える声で呼びかける。

 返事があるはずもなく、ただ冷たい風がフリアノンの髪を揺らした。


 ミオも静かに手を合わせていた。

 普段は明るい彼女も、この日ばかりは笑顔を見せなかった。


「……クロエちゃん。あんた……ほんま、悔しかったやろな……でもな……」


 ミオの声が少し震える。


「わたしらも、ノンちゃんも……最後まで、あんたのこと忘れへんから」


 遠くで、ヴェルナーが立ち上がり、クロエの墓に背を向けた。


「行こう、フリアノン。ここに居続けても、あいつは喜ばない」


 フリアノンは顔を上げ、ヴェルナーを見つめた。


「……ヴェルナーさん……」


「クロエは、お前のライバルだった。お前が前に進むことこそ、あいつへの弔いになる」


 フリアノンはそっと墓碑に手を触れた。

 冷たい石の感触が、クロエがもういないことを改めて突きつけた。


(クロエ……わたし、走るよ……これからも……)


 その胸には悲しみと同時に、クロエから託された思いが灯っていた。


(あなたが辿り着けなかった未来に……わたしは、行くから……)


 冬の木星圏の空は鈍く曇り、吐く息は白く消えていった。

 静かな慰霊碑の前で、彼女たちはそれぞれに別れを告げ、また歩き始めた。

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