表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイドライブ  作者: 碗古田わん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

102/117

第百二話「クイーンズカップ前夜」

 夜の白雷ジム。初冬の冷たい空気が廊下の隙間から入り込み、わずかに揺れる蛍光灯を震わせていた。


 夕食を終えたフリアノンは、自室へ戻る途中、廊下の窓から外を見た。

 澄み切った夜空には星が瞬き、冷たい月明かりが調教コースを淡く照らしている。


「……明日も、晴れるかな……」


 去年のクイーンズカップを思い出す。あのときは、自分でも驚くほど楽に勝てた。スタートから最後方に構え、ミオの指示通り最終コーナー手前で外に持ち出すと、前を行くクロエをあっという間に捉えた。

 ゴールを駆け抜けたとき、あまりの手応えの良さに、フリアノンは戸惑いすら感じていた。


(……でも、今年もあんな風に……勝てるのかな……)


 部屋へ戻ると、ミオが荷物の整理をしていた。

「おかえり、ノンちゃん。準備はだいたい終わったで」


 フリアノンは黙って頷き、ベッドに腰を下ろした。

 ミオはそんな彼女の隣に座り、優しく声をかける。


「緊張してるん?」


 フリアノンは首を横に振った。

「……怖いだけです……去年は……楽に勝てたから……だから……余計に……」


 ミオは静かに頷き、フリアノンの手を取った。

「去年楽勝やったからって、今年もそうなるとは限らへん。でも、ノンちゃんは今まで何回も壁を越えてきたやろ? 明日もそのひとつや。せやから……無理せんと、でも全力で走ろうな?」


 フリアノンは小さく微笑んだ。

「……はい……」


 一方その頃、クロエも別の宿舎でひとり窓の外を見つめていた。


 去年のクイーンズカップ。スタートから中団につけ、いつも通りのレース運びだった。玲那の指示も的確で、自分でも手応えはあった。だが、最終コーナーを回った瞬間、背後から聞こえた地響きのような蹄音に振り返る間もなく、一瞬で抜かれた。


(あの時のフリアノン……速かった……)


 あの敗北は、クロエにとって屈辱だった。自分が努力して積み上げてきたものが、あっさりと打ち砕かれたようで、涙すら出なかった。


「……今年こそ……絶対に勝つ……」


 そう呟いた声は、夜の静寂に溶けて消えた。

 ベッドサイドの椅子にはヴェルナーが座っている。腕を組み、真剣な目でクロエを見ていた。


「去年のこと……まだ引きずっているのか?」


 クロエは無言で頷く。ヴェルナーはため息をつき、椅子から立ち上がるとクロエの正面に立った。


「……あのときの君は、完全に負けていた。悔しいだろうが、あれが現実だった」


 クロエは唇を噛んだ。

「わかってる……だから……だからこそ、今年は……!」


 ヴェルナーはクロエの両肩に手を置いた。


「今年は勝てる。私が君を勝たせる。だから、余計なことは考えるな。君はただ、私の言葉だけを信じて走ればいい」


 クロエの瞳が潤んだ。

「……ヴェルナー……」


「何、泣きそうな顔をしている。まだ勝ってもいないのに」


 ヴェルナーは静かに微笑み、クロエの髪をそっと撫でた。


 窓の外では、夜空にオリオン座が瞬いていた。


 それぞれの覚悟を胸に抱え、クイーンズカップ前夜は静かに更けていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ